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感謝という見返りを期待しない

少し前に「親に感謝するな」と子供に言ってあります。”という記事を書きました。おそらく、コメント欄を開示していたら炎上していたのではないかと推測しています。実際、この記事のタイトルを見て「カッ!」とした方がいるのではないでしょうか。もしくは「こいつって、感謝を知らないなんて馬と鹿だなあ。」と鼻で笑ったか。

http://kurase.com/2015/01/09/kansya-oya-suruna/

自分の親にも他人にも感謝しています

 

「カッ!」とした人がいるとすれば、誤読です。記事の内容を最後まで読まずにタイトルを見て「親に感謝しなくても良い。さらには他者にも物にも身の回りの出来事にも環境にも感謝する必要はない。」そう言っているのだと誤解されてのことだと思います。

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一応、私は普通に平凡に主婦している人間なので、そんなことを思うことはありませんし、書くこともありません。改めて、その記事の概要をまとめつつ、補足すると、こういうことです。

自分は親に感謝しています。親だけではなく、これまで会ってきた全ての人にも環境にも感謝しています。もちろん、そうは言っても時には不本意な出来事があったりします。けれども誰にも100%完璧な人などいないので、盲目的に親だからどんな言動にも感謝するということではありません。感謝できない面も部分的には持ち合わせています。けれども、それはそれです。それでも最終的には親には感謝しています。

親だけではなく、それ以外の人々に対しても同じです。美容院で髪を切ってもらえば、お金を払っているとはいえ、自分ではキレイにカットできませんから、感謝します。

ネットスーパーで配達をしてもらえば、いくらお金を払っている客の立場でも「ありがとうございます。」と言います。

子供がお世話になっている学校の先生も、仕事とは言ってもそれば別で感謝しています。そういう感謝の気持ちが常に身の回りに山ほどあります。

 

けれども、自分が子供にやっていることに対して子供に感謝を要求することはしない・・以前の記事で書いたのはそういうことです。

 

自分は他者に感謝をするけれど、自分が何かをしても感謝を期待しない。そういう意味です。簡単に言えば精神的な見返りを求めないということです。

 

よく、「アイツは挨拶をしない。非常識なヤツだ。」と怒っている人がいるようです。こういう人は「挨拶」という見返りを求めているんです。だから、本当は怒っているのではなくて「挨拶すらしてもらえない価値のない自分」を悲しんでいるのです。ところがそれではプライドが持たないので「アイツ」のせいにして怒ってごまかしているだけです。

「店員に、横柄な態度を取られた。」という場合も「買ったのだから、感謝して丁寧に接してもらいたい。」という感謝を期待するからいやな気持ちになるのです。

 

はじめから「買ってあげた自分」として店員に「感謝」を期待しなければ怒りもいやな気持ちも沸きません。そもそも買い物とは売ってくれる相手があって手に入れられるのです。一般に客が上で店員が下の感覚が日本では大きいですが、店員と客でも立場は対等なのです。

子供に対しても「一生懸命育ててあげたのだから感謝して欲しい」と期待するから子供の言動に腹が立ったりむなしくなったり制限をしたくなるのです。育てたのだから老後は面倒を見て欲しいというように。感謝を盾に取り、自らの身の安定を暗に要求してみたりする人もいるわけです。

私は、子供が「親孝行」というキーワードを気にするあまり、大人になって自分の行動を制限して欲しくないと思っています。そういう意味で「親には感謝するな。」と言っているのです。あくまで「親」限定です。つまり私と夫限定で感謝を気にせず好きにやれってことです。世間一般の人、物、環境に感謝するなと意味ではありません。

感謝はするけれど感謝を要求しないということです。

感謝をするけれど、感謝してもらいたいという見返りの気持ちを捨てれば、ラクになれることが山ほど出てきます。ミニマリストは感情もシンプルでありたいものです。