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持たない暮らし人は、「何を言うか」に注目できる人でありたい。

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星の数ほど様々な人の主義主張があります。そのうち「誰が言うか」と「何を言っているか」のどちらに注目しますか?どちらを受け入れるかは各自の自由です。私は後者の「何を言っているか。」に注目出来る人でありたいと思っています。「誰が言うか」の判断はラクです。かつての私は無意識にそれを判断基準にしていました。けれども、そうした選択が最善の結果になるとは限らないことを何度か経験して考えが変わったのです。

単純な事例でいえば、同じ事例で何かを相談したとします。その結論を出す人がベテランで経験豊富な人と、新人で、経験の浅い人の2者の見解があったとします。一般に、ベテランで経験の豊富な人の意見を取り入れる事が多いでしょう。

けれども、私は、必ずしもベテラン側が出した答えがベストではなかったことも経験しました。以後、私が、主義主張を受け入れるか否かの判断は、ベテランであるとか、経験が豊富という時の経過によるものは参考にとどめることにしています。

 

では、何を重視するかですが、答えはシンプルです。その人が強い思い込みを持っていないことが重要です。ベテランで経験のあることは、プラスに働く反面、「私はベテランである。」「これまで経験していないから、あるはずがない。」「私の判断に間違いはない。」という思い込みがマイナスに作用することもあるのです。また、「誰が言うか。」を重視するのは権威に弱いという側面でもあります。

 

「誰が言うか。」でフィルターにかれば、ラクです。けれども、重要だったかも知れない内容を見落とすことがあります。おそらく、少し前の時代であれば「誰が言うか。」に注目しても、ほとんど間違いはなかったはずです。実際に、従来は、広く世を見渡してみても、主張の中身はさほど関係ないのです。「誰が言うか」でほとんどの事が決定しています。

 

けれども、これからは少し違ってくるかもしれません。世の中は日本人だけで完結しませんし、従来にはなかったものが目まぐるしい頻度で取り入れられています。なので、「誰が言うか。」でフィルターにかけた主張では足りないのです。実績のない人物の言う話の内容に耳を傾けることは、聞く側には高度なレベルが必要です。そういう意味でも、私は「誰が言うか」ではなく「何を言うか」に注目できる人になりたいというのが目標です。