簡単に暮らせ

ちゃくま・我が家流シンプル、ちょっとミニマム、家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

人は自分が思うほど他人を気にしていない。スキャンダル芸能人でさえ、実はみんなたいして気にかけていない。

 

みんな、自分の事で精いっぱいです。だから良い意味で自分のことなどいちいち気にしてはいません。だから、「こう思われるだろうか」と、それほど思う必要はないのです。

 

しょっちゅう、「こう言われた」「こう言った」と他人の言動に困っている種類の人は多いようです。確かに「言った」「言われた」のトラブルは世間でも後を絶たないようです。だから自分が発する言葉は気を付けないといけないのですが、解釈するのは他人ですから思いもかけない解釈をされてしまい、困ることはどこでも起きます。

 有名タレントにさえ、たいていの人は関心がない

テレビでたまたま見かけたタレントさんが、「あのときは皆さんにご迷惑をおかけしました。」と謝罪会見をして「あのときは、いろいろあったし、非難もされて大変だったけど~」という場面を見かけることがあります。

 

当のタレントさんは、何かプライベートのトラブルが表ざたになり、出演している番組やCMのスポンサーのイメージダウンとなり、多大な損害を与えている・・という「迷惑」のようです。確かに、関連企業の方は実際に迷惑したことでしょう。けれども、全ての人がそうしたタレントさんを非難するほど興味をもって見ているわけではありません。

 

私の場合ですが、そういうトラブルめいた芸能ニュースは、かなり後になって気付きました。「え?この人、何かあったの?」みたいな感じです。当事者であれば、いろんな思惑もあるでしょうが、私は全くの部外者です。だからそうした話を聞いても「へ~」で終わりです。おそらく、その人が再びテレビにバンバン出てきても何ら以前と変わりない視点で眺めると思います。私がその人から直接迷惑を受けたわけではありませんから。

 

それ以外には、かつての何かのトラブルがあった時、「世間のバッシングにかなり苦しんだ」という話をしているタレントさんもいます。そういう方に対しても同じです。「へ~」で終わりです。そういうことも、世間ではかなり有名な、芸能ニュース的なトラブルだったらしいのですが、私はそのタレントさんが復帰してそういう話をしているのを見るまで全く知りませんでした。バッシングの内容を知ってもやっぱり「へ~」で終わりです。

 

おそらく、私の様な感覚の人はかなり多いはずです。「バッシング」した人というのは日本中の人口から見ても、おそらく砂粒程度の数なのではないでしょうか。けれども、本人にとっては深刻で苦しい状況の日々を過ごしてきたのでしょう。何があったか知りませんが仮にトラブルの内容を聞いたとしても私はそのタレントさんに対する印象は変わらないことでしょう。(法に触れるような事は論外ですが)何といっても私は当事者ではないからです。

 

そのタレントさんは、かなり精神的に苦しんだというようなことを言っています。身近なところでいろんな問題があるのは仕方なかったのでしょう。でも、日本人の中でもかなりの人がその人のトラブルになど興味はありません。だから、必要以上に「苦しむ必要はないのに」と思います。もちろん、テレビに出ている手前、謝罪感を強調しなくてはいけない、という事情もあるかもしれませんが。

 

バッシングする種類の人も、実際は、ずっとそのタレントさんの事だけを考えて生きているわけではありません。たまたま非難しやすい対象が目の前にあるから、というところなのでしょうか。ましてや普通の人は、そのタレントさんと面識もなければ、今後、会う事もまずありません。だから「そういう人もいるのね」で終わりです。もしかするとその人の存在すら思い浮かばないかもしれません。

 

テレビでしばしば見かけるタレントさんでさえ、こんな調子です。つまり一般人の人であればなおさら「自分が思うほど他人は自分を大して気にしていない」ということです。ところがしばしばありがちなのは、必要以上に自意識過剰になってしまうことです。世の中の多くの人は自分のことで精いっぱい。だから他人の事を気にかけている暇はないのです。

 

仮に、しょっちゅう、当事者でもないのに、その種の話題を振るとしたら、むしろ、その人の方が問題を抱えている確率が高いということでしょう。「こう思われるかも」と気にかかっているのだとすれば、「大々的にテレビで取りざたされていたタレントさんでさえ、実際はほとんどの人がたいして気にしていない」そう思えば、少しは気が楽になりはしないでしょうか。