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ちゃくま・我が家流シンプル、ちょっとミニマム、家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

【服を減らすコツ】「おしゃれカースト」に振り回されていませんか?

 

服の迷いとは、結局何でしょうか。それは他人の視線を意識することが中心にあります。もっとも、それが良くないわけではありません。人は多数の人との連携で生きています。だから機能性以外の部分を服で補おうと思うのは当然です。

 

「おしゃれカースト」から抜けよう

つまり、服は実際の自分より戦略的に上回って見せるツールとしての役割もあるのです。だからこそ、特に女性は服の関心が高いのでしょう。

 

けれども、戦略として服を選ぶばかりでは疲れます。多くの女性が「より おしゃれでありたい」と願うのは、「おしゃれ」は特に女性同士の間で高く評価されるからです。つまりは「おしゃれカースト」のトップに君臨することで、様々なその他のステイタスを一瞬で覆すことができる可能性があります。その反対もあります。

 

「おしゃれ」であることは、現代日本では経済能力や生まれ、学歴、職業、元々の容姿やスタイル、その他の趣味の実績を時に大きく上回る評価対象です。裏を返せば「おしゃれ」であることに、特別な資格はいりません。つまり、誰でも「おしゃれ」によって、一瞬で全てのステイタスを覆しトップに君臨できる可能性があるのです。

 

誰しも「認められたい」「他の人より上の立場にありたい」気持ちは少なからず持っています。また「おしゃれ」ではない事によって、「おしゃれカースト」の最下層に位置してしまう恐れも秘めています。

 

「おしゃれでありたい」と願い続け努力を続けるときには、ときに小さな恐怖心を含むことがあります。だからこその「おしゃれ」の努力と工夫です。

 

「おしゃれカースト」のトップに意味はなし

けれども、そうした努力は本当に必要なことでしょうか。「おしゃれカースト」のトップを目指す必要性は本当にあるのでしょうか。そもそも、「おしゃれであるかどうか」によって決まるポジションは、ファッション業界関係者でない限り大きな意味はありません。しょせんは何となくの雰囲気、空気です。

 

「おしゃれ」に比較とは、身近な人との比較です。日常的に顔を合わせる幼稚園の送り迎えのママたちとか、料理教室で顔を合わせる奥様達の間とか、職場の同僚とか、しょせんは同じ生活レベルにある人達との小さな比較です。

 

もちろん、「おしゃれ」は楽しく素敵な行為です。どんどん楽しむに越したことはありません。けれども最近は「楽しみ」を通り越し、カーストの比較対象と化しているような、そんな危機を感じるのです。

 

しばらく「おしゃれ」と距離をおいてみよう

 

そこで「なんだか、おしゃれを考える事に疲れたな」と思ったら、一定期間「おしゃれ」から離れてみるのです。新しい服を買わず、「どれを捨てるか」と考えることもやめて、「何となく」「適当に」服を着る生活を暮らすのです。

 

「おしゃれに媚を売る自分」を一定期間でも良いからやめてみるのです。そして一切、洋服のチェックをすることを絶ってみます。そうすると、もっと別の世界に目が向くようになります。

 

読んでみたかった本を読んでみ良いし、観たかった映画を観ても良いし。行きたかったカフェに行っても良いし、散歩に行くのも良いし、たまっていた場所の掃除をするのでも良いでしょう。服の思考を絶ってみると実に楽であることに気が付くはずです。

 

一定期間服のことを考えるのをやめると、「自分が何をどんなふうに着るべきか」の概要がくっきり浮かび上がってきます。これまでは、身近な友人の服装を意識していたことが、菱木に気にならなくなるのです。自分の生活を充実させ、他人との「カースト」的な比較をやめると、本当に必要な服しか目に入らなくなります。

 

内面が充実すると、服は「単なるオプション」としか思えなくなってくるのです。