簡単に暮らせ

ちゃくま・我が家流シンプル、ちょっとミニマム、家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

「捨てる」に、もう精神論は必要ない

片付けは片付けです。心の在り方がどうかとは、もう切り離して良いのです。なぜ、しばしば片付けと心は関連づけられるのでしょう。それは、忙しく心が「ここにあらず」のときには実際に部屋が乱雑になりやすいからです。そこでしばしば勘違いが生まれます。

身体を動かすことでしか物は片付かない

けれども、片付けは片付け、心の様は切り離した方が良いのです。なぜなら、片付けられない理由を心のせいだと決定づけても何も改善しないからです。ひたすら手を動かし、身体を動かすことでしか物は片付かないからです。何も考えず、まずは立ち上がり、物をひとつ、ふたつと適切な場所に戻すことが先です。心の状態を考えるならば、手を動かしたあとにするべきです。

乱雑な理由は8割が多すぎるいらないもののせい

たいてい、物が乱雑になるのは、単純に物が多すぎるからというのが全体の8割の理由でしょう。あとの2割は物を元に戻していない、同時に壊れていたり、古くなっていて使えない等の理由です。物を片付ける時、多くは捨てる作業が伴います。そのとき重要なのは大きな物から始める事です。小さな物を少しずつ捨てても時間がかかります。時間がかかると、次第に捨てていた最初の目的が曖昧になっていきます。家の中がスッキリしている人に共通することがあります。それは決断の早さと言い訳をしない潔さがあることです。同時に片付けをするとき「最初にこれを一緒に終わらせてしまいましょう」と言うように先に大変なことを解決しようとします。小さな事、細かいことはあとから一人でできるからです。大変なのは一人では手を付けられない大物の扱いです。だからこそ、片付けは大きな物、重い物、手がかかる物を先にすることが肝心なのです。

物の移動と精神論は切り離さなくてはいけない

最近は滅多に見ませんが、以前はテレビで片付け関連の番組がありました。そのとき、しばしば相談する人が涙をこぼす場面がクローズアップされました。涙の理由はそれぞれです。理由の真実はわかりません。けれども番組的には相談者の片付けが精神論と結びつけられる傾向にありました。実際は、片付けと心は切り離すべきです。そうしないと、手を動かさずして物が片付かないにもかかわらず、いつまでも別の理論から離れず進まないからです。もっとも、自分以外の人にそれを強要することはできません。けれども差し迫っているのが自分なのであれば、何も考えず手を動かすことから始めることです。