簡単に暮らせ

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片付けは精神論に持って行かない方がうまくいく

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物の片付けを実行しようとするとき、しばしば問題視されることがありますよね。

それは原因が、「その人の内面にある」とされることです。例えば「だらしがないから」とか「決断力がないから」とか「先送り思考だから」というようなことです。

片付けで人を責めるのは簡単だが

片付けは物の問題ですが、「人にある」というわけです。確かに、物を扱うのは人です。だから、こうした主張は根拠があると納得してしまいやすいですね。

けれども、そこに危険があります。それは、どんなことでも原因を「人」に結び付けるのは簡単だという事です。

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けれども、それでは根本的な解決を見ません。なぜなら原因を人だけに定めた時点で思考停止に陥っているからです。

原因は他にあるかもしれない。ところが人を責めることで原因が日の目を見ないまま置き去りにされます。

もちろん、原因を人に定めることで、良い結果が出る場合もあるでしょう。一方で現状が変わらないまま、人だけが責められてしまうことがまかり通ることがあります。

テレビ番組の影響は大きい

その一例としてかつてのテレビ番組があります。昔、主婦向け番組でよく行われていたのは、片付けビフォーアフタ―的なものです。ここでは片付け達人のアドバイスのもと、相談者宅の片付けが進みます。

ここでも必ずと言っていいほど、流れる雰囲気は「奥さんがだらしなかったから」というものです。つまりは人を責める行為です。 

例えば「奥さんがズボラだから片付けを怠った」とか「奥さんが物を買いこんだから物が増えすぎた」とか「奥さんが掃除嫌いだから部屋が乱雑になった」というものです。

原因は全てにある

けれどもその家に住んでいるのは奥さん一人ではありません。であれば奥さんばかりが責められる理由はありません。家族全員の行動すべてと、実際の住まいと物の関係の在り方のいずれかに原因があります。

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なにより散らかる原因が「人」にあるという視点を持ってしまえばどうしても誰かを否定する方向に向いてしまいます。最近でこそトヨタが社内でかかげる「人を責めるな しくみを責めろ」ということが注目されるようになりました。これは良い事です。

原因を人格に見ても解決しない

改善しようとする現象が目の前にあるとき、原因を「人格」に持って行ってしまっては今後改善できるはずのことも見えなくなる可能性があります。

水面下では何かしらの精神的な関連があるかもしれません。けれども片付けを実行するときに必要なのは精神論ではありません。片付ける、という実際に行動する現実なのです。誰かを責める暇があったら、良い結果に向けて動くことです。