簡単に暮らせ

(ちゃくまのブログです。)ブログタイトルは「簡単に暮らせ」です。・書籍発売中・シンプルライフ、断捨離のコツ、プチミニマル、身体に良い暮らし・家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

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テレビを「つけっぱなし」にする習慣は真っ先に断捨離したほうが良い

テレビを見る機会は激減しました。特に意識していたわけでもありませんが、「気が付いたら、ほとんど必要性を感じなくなった。」ということです。(例外的に見る番組はあります。)

テレビは予想通りに見る頻度が激減

我が家には数年前の地デジ化をきっかけにテレビは小型化しました。いずれ、テレビは「一応ある」程度で十分になると予想していたからです。

現在、私についてはテレビを見ることはほとんどありません。タブレットで動画を見るのがメインであり、テレビはほとんど見ていません。

よく言われることに「テレビは見ない自慢」があります。私はテレビを見ないことについて自慢だという認識はありません。

例えば「以前はよく、黒い服を着ていたけれど、そういえば最近は着なくなったなあ。」程度の意味と同じレベルの意味です。

テレビの情報は偏っている

テレビは娯楽の役割とニュースなどの情報発信の確認の役割があります。放送大学や一部の番組には良い番組もあります。こうした物は例外ですが、ほとんどの番組は視点が偏っていると感じることが多いのです。情報収集という目的であれば、最終的には本が一番だと考えています。

また、久し振りにテレビをつけると、ニュース番組のネガティブさには驚きます。以前、テレビをよく見ていた頃には気付かなかったことです。ニュース、つまり情報発信しなければならないことのうち、「それは貴重な時間を割いてまで知らなくてはいけないことだろうか。」と疑問を感じるものが多すぎます。

テレビはネガティヴ度が高い

そういうニュースを目にすると「私は、幸せな気分でいようとしてははいけない。」と罪悪感を覚えます。確かに何か困難な事に遭ってしまった人に、支援を考えることは重要なことです。無視して良いなどとは微塵にも思いません。

ですが繰り返し流れるテレビの映像や暗い話題を目にしたり耳にする度にある疑念を抱いてしまうのです。「これは、情報発信をするというよりも、『お前たちより大変な思いをしている人がいるんだぞ。ほら、お前たちはこの困っている人に比べたらずっとマシな生活をしているだろう。』」と妙な意味での安心をもたらす意図の発信です。

テレビが情報収集の全ての人は視野が狭い

例えば、普段、テレビを主な情報収集の手段にしている年配の方などは、モロに影響を受けていると感じます。口を開けば出るのは「テレビで見た悲惨な事件」のことなどばかりです。健康情報も「テレビで見た。」と言います。

こうした方はどうしても視野が狭くなります。自分の考えではなく「テレビから受けた考え」が自分の考えだと勘違いをしています。

そして何よりテレビは間にCMが入ります。その音のうるさい事といったらありません。通常の番組よりCMは音が高い様な気がします。また、映画でもドラマでもバラエティでも必ずCMが入りますから、集中して見られません。いっときは録画で見てCMを飛ばすことを試みました。けれどもCMを飛ばすにしろ、CMが目に入ることに変わり有りません。

テレビよりも広告の頻度が少ないサイトを利用する方がまし

最近は映画やドラマを見るなら、CMの入り方が少ない動画サイトか、アマゾンプライムビデオなどを見ています。これなら、「続きはCMのあと」などでストップすることもありません。自分が好きなタイミングで見られます。

基本的にテレビは受け身です。それに対して動画サイトであれば、少なくとも自分で選んで番組と日時を調整できます。

テレビも、全番組を記録して好きな時に見られる機器があります。ですが、そこまでする必要性を今一つ感じられないのです。

テレビをつけっぱなしにする習慣は真っ先に断捨離

テレビをほとんど見なくなったので、第一に静かになりました。テレビの音声は基本的にうるさいものです。テレビを消すとほっとします。

空いた時間で、やるべきことは、山ほどあるので「暇ではないのか?」という心配は1つもありません。むしろ時間が無駄にならないので良いことづくめです。

「時間が足りない」と思う方が真っ先に断捨離すると良いのはテレビを漠然と見る時間です。目的をもって好きな番組を見るならテレビは見ても良いのです。けれども何となくテレビをつけっぱなしにする習慣は真っ先に断捨離したほうが良いことです。