簡単に暮らせ

(ちゃくまのブログです。)ブログタイトルは「簡単に暮らせ」です。・書籍発売中・シンプルライフ、断捨離のコツ、プチミニマル、身体に良い暮らし・家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

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ミニマリスト寄りではあるけれど、頑なに物を減らそうとは思わない理由

私はライフスタイルの基本的な考えはミニマリスト系です。けれども、よく誤解されているように、家の中がガラーンとしているわけではありません。

同時に、頑なに意識して物を減らそうとも思いません。それはなぜか。理由は、簡単なことです。

自分にとって、必要な物は持ちますが、必要でない物は持たないという、ごく自然な気持ちから結果としてミニマリスト寄りの考えで暮らしているに過ぎないからです。

ミニマリストとは

持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人。自分にとって本当に必要な物だけを持つことでかえって豊かに生きられるという考え方で、大量生産・大量消費の現代社会において、新しく生まれたライフスタイルである。「最小限の」という意味のミニマル(minimal)から派生した造語。

 

出典 https://kotobank.jp

 もくじ

ミニマリストはなぜ、敬遠されるのか

なぜ、わざわざこんな話をするのでしょうか。それは、世間がイメージするミニマリストにはかなりの偏見と言ってもいい、イメージのズレがあると感じて来たからです。

確かにテレビなどで流れる部屋に何もない部屋に暮らす人は奇異に映ります。けれども、そうした人には、そのように暮らす理由や考えがあります。

ところが視覚が優先してしまうために、その理由や考えまできちんと聞こうとする人は少数派だったようです。

ミニマリストという造語にとらわれる必要はない

そもそも、ミニマリストという言葉は造語です。ですから自分なりの解釈でいいのです。「こうでなくてはいけない。」という決まりはありません。

造語と書きましたが、もっと言えば造語だろうと、もとからあった正規な単語だろうと意味は同じです。

多くは、テレビで紹介された視覚的極端系ミニマリストのイメージが強いのです。だから偏見を持つ方がいるのだと思われます。

テレビは視聴率を稼がなくてはいけません。また視覚に訴える媒体です。だからこそ、見た目のインパクトが強い映像が好まれたのです。

結果として、その印象が、ミニマリスト寄りのライフスタイルを好む人たちを偏見の目で見ることとなったのです。

がらんとした部屋に住んでいないミニマリスト系家族

ちなみに、もし現在の我が家に訪れる人がいたら「どこがミニマリストなのだ。」と首をかしげることでしょう。

全く持って部屋はがらんとしていませんし、普通の家にある物は我が家にもだいたいあります。しいて言えばソファが無かったり、テレビが小型だったりすることでしょう。

一方で、普通のお宅でも、もっと少ないか、まったくない家があるのに、我が家にはあるものもあります。

自分に不要な物は持たないミニマリスト

では、何をもってミニマリストというのかと疑問を抱くことでしょう。それは「自分にとって不要なものを持たない」ことを意識して暮らしていることです。

我が家にある物で不要なものはありません。また、夫と息子はミニマリストではありません。ごく普通のものの持ち方をしています。当然、客観的には普通の持ち物数に見えるでしょう。

言葉に合わせて暮らすのではない。暮らしがあって言葉が生まれる。

そして重要なことがあります。ミニマリストという定義に合わせて暮らすのではなく、自分が考える暮らし方をわかりやすく言葉で説明したら「ミニマリスト」が近い感覚だった。という順番です。

言葉があって私たちの生き方があるのではありません。私たちの存在と生き方があり、それを他者に伝える手段として言葉があります。

「ミニマリストなのに」と懺悔する必要はない

ですから、言葉をとらえてがんじがらめになる必要はありません。私は現在「ブログ村」というサイトに参加しています。ここで3つのカテゴリまで参加できるのですが、うち1つはミニマリストカテゴリに参加しています。

ここに参加しているブロガーさんの多くも、それぞれの違いはありますが、皆さん柔軟でバランスの取れた感覚で暮らしを楽しんでおられます。

けれども時に、気になる表現を目にします。それは、ミニマリストを自称する皆さんが、新たに何かを買った時などに懺悔の言葉を付け加えることです。

たとえば「ミニマリトなのに〇〇を買ってしまった。」というような表現です。ミニマリストという造語に合わせて自分の暮らしをする必要はどこにもありません。懺悔せずとも堂々と買い足せば良いのです。

なぜなら、先ほども書いたように言葉があって暮らしがあるのではなく、暮らしがあって言葉が生まれるものだからです。そして「比較的、これが自分の感覚に近い」という理由でミニマリストという造語を選んでいるに過ぎません。

人の暮らしは変化するのが当たり前

暮らしにしろなんにしろ、人は常に変化し続けるものだからです。当初は「この暮らしがいい」と思っても、時間の経過で周囲の環境も自分の環境も変わります。当然、それに合わせてこちらは変化します。変化に合わせて少しずつ変化するのは当たり前です。

頑なに物を減らす人がミニマリストだというイメージがあります。ですがその過程がどこに今あるのかは、それぞれ違うのです。一時的に物を多く必要とするときもあります。一方で、物を一気に減らすことが必要な段階にある人もいます。

持ち物は自分の暮らしのために決まる物

いずれにしても、自分のために持ち物を決めるのが本来の在り方です。他人の目線を意識して言い訳や懺悔をする必要はどこにもありません。仮に「これはミニマリストとは違う」といわれても気にする必要はありません。

今、私はどちらかといえば、物を取り入れて補助的役割を必要とする段階にあると感じます。けれども、実際に使ってみないことには、合うか合わないかがわかりません。ですから興味を抱いた物はできるだけ躊躇しないで試すことを試みています。

今はスッキリ暮らせなくても例えば時間が解決することもある

そうしたことを実際に経験して、ある程度落ち着いたならば「減らしてすっきりさせる」という暮らしに移行できることでしょう。例えば時間が解決することもあります。

例えば小さいお子さんがいる方は、物をある程度増やさざるを得ません。子供は成長が早く、服、カーペットなど汚す機会が増えます。

こうした時期には「今はこういうものだ」と割り切って持ちたいものを深く考えずに、持って良いのです。いずれ、いやでも子供は成長します。断捨離などはそのときになってからでも遅くはありません。

言葉にとらわれず楽な気持ちで暮らそう

ミニマリストという言葉はあくまで言葉です。大事なのは私たちの暮らしです。定義づけは後から来るものなので、言葉にがんじがらめにならずに、ゆったり楽な気持ちで暮らしましょう。