簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ・書籍発売中・シンプルライフ、断捨離のコツ、プチミニマル、身体に良い暮らし・家事も家計も整理収納も思考も簡単に。

MENU

【普通教のワナ】「普通」があなたを辛くする理由

f:id:chakuma2017:20180305210749j:plain

誰もが普通教に入信しているかのようです。

 

「普通」○○だよね。

 

こんな問いかけに対して、答えを詰まらせたことがありませんか。もちろん、誰にも迷惑をかけていない些細なことです。

それなのに私達は結構な頻度で「普通」の概念を受け入れてしまいます。ところで「普通」って何でしょう。

結局のところ、それはただの他人目線なんです。しかも実態などどこにもありません。

普通の食事も、普通の服装も、普通の住まいも。「普通」とは結局何となくのイメージに過ぎません。さらにそのイメージはどこからやって来るのでしょう。

突き詰めれば、根源はしょせん、テレビ、雑誌、ポスターなどの広告なのです。これらに共通すること、それは主に映像や画像が中心であることです。

確かに映像や紙媒体の広告はインパクトがあります。見てすぐにわかる媒体なので楽。だからこそ与える影響が大きい。映像や画像を通じて「普通」という暗黙の圧力を受けるとともに「普通でなければいけない。」と自らを押し込んでしまうのです。

一方で文字を読むなら「読む」「想像力を働かせる」手間が必要です。けれども映像を観るには手間がほとんどいりません。だから手っ取り早く多数に影響を受けます。

けれども、それらはしょせん虚構です。ときにリアルな生活風景が映し出されることもありますが、テレビ用、雑誌用、広告用に気合を入れて作られた食卓なり部屋なりです。

さらにそれらは、選択肢の1つに過ぎません。ところが私達は偶然観た物を標準化しようとします。

一刻も早く「普通」に身を置き安心したいからです。とりあえず「普通」であれば安心できます。そして選ぶ理由を考える必要もありません。「普通」とは違う概念を知れば「それは普通と違うでしょ。」と暗黙の圧力をかけることもできます。 

「普通」の実態が不明なのにも関わらず私たちは普通を崇拝します。

 

主婦であれば

 

普通の食事

普通の洗濯

普通の掃除

・・

などです。

冷静に考えれば衣食住は多少の個人差があって当たり前です。

 

けれども日常の暮らしは、自分がやりたいようにやればいいんです。普通の常識など何が基準になっているかもわからない。それなのに信じてしまう。いわば普通教です。

実態は単にテレビだったり、雑誌だったりに過ぎないことがあります。普通の概念にとらわれることをストップしてみる。

案外、それだけで大変だと思っていた家事も解決の糸口が見えるのです。