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『君たちはどう生きるか』は資本論入門だった

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書店に行くと、かなり目立つ

漫画 君たちはどう生きるか

ですが、先日驚くべき偶然がありました。

と言っても、今回お話しする話はこの本の内容、本質とは無関係です。

『君たちは~』(原作本を含む)の内容と私が経験した偶然は全く別の話です。その点はご注意ください。

必要な物は与えられていく

この出来事で実感した事。それは必要なものは必然的に与えられるものだということです。

漫画の『君たちは~』はコンビニでたまたま衝動買いしたのですが、驚きはそのあとでした。

この新書を買ったのは半年ほど前でしょうか。失礼ながら積読していたのです。それは斎藤美奈子氏の著書『文庫解説ワンダーランド (岩波新書)』です。

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斎藤美奈子氏の著書は大好きで新刊が出ると必ず読んでいます。と言っても今回の著書は本の解説です。当然、読んでいない本も解説されています。だからつい積読状態になっていたし、知らない本は飛ばしてとりあえず読んでいました。

ところが、久し振りに本をめくると、あっと驚く本のタイトルを発見しました。それはお察しの通り『【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)』だったのです。

もちろん、こちらで解説しているのは漫画ではなく岩波文庫の方です。ですがその解説を読んでさらに驚きました。 

 『君たちはどう生きるか』のベースは資本論

『君たちはどう生きるか』とは、あのマルクスの資本論がベースにあるという話です。この話は高橋源一郎氏の解説によるそうですが・・

『君たちは~』が資本論入門だという話は斎藤氏が田中康夫氏の『なんとなく、クリスタル (新潮文庫)』に刊行の33年後にはじめて付いた解説が高橋源一郎氏のものだったそうです。そこにはこう記してあったそう。

高橋 源一郎とは

(たかはし げんいちろう、高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 - )は、日本の小説家、文学者、文芸評論家。明治学院大学教授。

                           ウィキペディアより引用

要約すると

3年前に高橋源一郎氏が『なんとなく、クリスタル』を読んだ時、「今までこういう本は読んだことがないが、マルクスの資本論なら読んだことがある。」

そして斎藤美奈子氏は、その解説を読んで

「似た解説を読んだことがある」

と思ったそうです。そして判明したのが吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』に寄せられた丸山眞男氏の解説「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」だそう。そこにこう書いてあったそうです。

「私は思わず唸りました。/これはまさしく資本論入門ではないか。-」

びっくりな解説です。

丸山 眞男とは

 

(まるやま まさお、1914年(大正3年)3月22日 - 1996年(平成8年)8月15日)は、日本の政治学者、思想史家。東京大学名誉教授、日本学士院会員。専攻は日本政治思想史。新字体で丸山真男とも表記される。

 

                         ウィキペディアより引用

資本論は読んだことありませんが、そういう解釈と知って改めて思い返すと、

確かに浦川君の一家は家内工業を営んで暮らしを立てているけれど、若い衆たちは、自分の労力の他に、なに一つ生計をたててゆくもとでをもっていない。

など、確かに資本論入門だ!と膝を打ちました。この本にはこういった話がちりばめられているのですが、一見して小学校の道徳の授業の様な読み方をされがちでしょうね。

田中康夫氏の「なんクリ」も資本論ベースであったという着眼点に驚いたのですが、今話題の『君たちは~』も資本論ベースだったとは。

『君たちは~』を読んだ時の違和感の正体

この本(読んだのは漫画ですが)を読んだ時に抱いた違和感、それは道徳の授業っぽいけれど何か数字的なにおいに「何かあるぞ」という気がしたのです。

でもさすがに資本論とは思いもよりませんでした。けれど、資本論入門という種明かしを知って改めて読み返すと、確かにそうとしか思えないエピソードの数々なのです。

 

これ以上書くとネタバレになりすぎなので、この辺にしますが、この解説との出会いは運命、縁としか言いようがないですね。

 のど元に刺さった魚の骨がやっと取れたようなそんな思いです。あ~すっきり。もちろん、これも解釈の1つなわけで確証はありません。でも私は『君たちは~』が資本論入門という説に納得!です。

偶然と必然

話は戻ります。本の解釈や本筋は置いておくとして、ここで話したいのは偶然、必然の不思議です。

私が偶然、コンビニで漫画だけど『君たちはどう生きるか』を買って来た。

     ↓

直後、半年ほど積読していた本を何気に読み始めた。(『君たちは~』の記載には全く気付いていませんでした。)

     ↓

『君たちは~』の解説を知る

 

そしてその解説もまた驚きだったのですが、それ以上にこの偶然は一体、どういうことなんだろうと思ったのです。そもそも、私は資本論を読んだことがありません。とにかくは、必要なものは必然的に与えられるものだという不思議な現象を1つ実感したという事です。

 

これまでも、私はときどき不思議な偶然を経験したことがあります。ですが今回の本の出会いはまさに、必然的だとしか説明が付かないのです。

厳密に言えば、『君たちは~』を知ったけれども、何かモヤモヤした違和感が残った。それでどこかに正解を求めた。すると今まで目の前にあっても気付けなかった解説本の存在が、急に目に入った・・おそらくはそんなところでしょう。

この本を知らなければ目の前に見えていても、おそらく気にも留めなかったに違いありません。

必要な本が向うからやってくる

本を買って読んでいると、本が向うからやってくるような、そんな風だと感じる瞬間があります。もしくは、後で買う本に必要な本を先に買っている。

本を買うか、買わないか、読むか読まないか、コンビニで買うか、書店で買うか、通販で買うか、全ては自分の選択と行動の結果です。

少なくとも、どちらも「本を買う」「本を読む」という行動を判断をした結果生じた現象です。ここに不思議な偶然が起きるヒントがあるのです。

さいごに

些細なことですが、もし私がどちらか一方の本を買わず、開かず、読まず、選択もしなかったら、ひとつも新たな視点も驚きも感動も経験することはなかったでしょう。「本を買おう」という趣旨とは別に、何かを考え、何かを選択することで何かが動き始めるということです。