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『神メンタル「心が強い人」の人生は思い通り』(著・星 渉)・書籍感想

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こんにちは ちゃくまです。

書籍から、「思い込みが作ってしまう自らの制限について」紹介します。

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こちらの本は、私が読んだ時はKindle Unlimited対象でしたのでお得です。今、書店に行くと普通に売れ筋本のコーナーに並んでいますね。

 

 さて、紹介です。

 

1マイル(=約1・6 km)。これを「人類が4分以内で走破することは無理」と、何百年もいわれ続けていたそうです。

 

ところがフィンランドのパーヴォ・ヌルミ選手が、31年かけて4分の壁を突破すると、なんと翌年には23人もの選手が一マイル4分の壁を次々と突破してしまったそうです。

 

この実例を受けて、いかに私たちは「思い込み」によって制限をしてしまうのか、そしてまた、「思い込み」には「いい思い込み」と「そうでない思い込み」の2種類があるということに気付かされました。

興味深いのは「思い込み」について、です。それによって、なんと全世界の人々が「1マイル4分の壁を破るのは人類には不可能」と長らく判断していたのです。

パーヴォ・ヌルミ選手が、31年かけて苦心して突破するまで、何十年もの間、世界はその通りになってしまっていたという部分です。             

      

 

でも、ここで重要なのは、人類には不可能だといわれていたことでさえ、「思い込みが変わると実現できる」 ということです。  

 

 意図的にあなたの「今の思い込み」を変えることができれば、あなたの「今」も変わる ということになります。」 

 

この話を聞いて、ちょっとした小さなことでさえ、思い込みの不思議はいやというほど感じることがあります。例えば こんなことがありました。

 

私はある時、 家から少し離れたところに電車で出かけたことがあります。その時、 たまたま駅の近くにあったパン屋さんに寄ったのですが、 美味しくてとても気に入りました。そしてこう思いました。

 

「いいな。この美味しいパン屋さんが近くにある人は。」

 

ところが翌日のことです。私は驚く光景を目にしました。 なんといつも行っているスーパーに、 そのパン屋さんが入店していると気づいたのです。

 

そのスーパーには、もう何年も何度も来ていました。そういえば、 そのパン屋さんは何年も前からその場所に入っていました。パン屋さんがあるとは知っていましたが具体的な店名まで意識したことがなかったのです。

 

同時に私は、 たまたまそのパン屋さんはいつも素通りしていました。家から近いと無意識にレアな感じがせずわざわざ離れたところでは買っていたのです。

当然、その店は目には入っていたはずです。ところが 見えているはずなのに私は、そのパン屋さんの存在を全く認識していなかったのです。

 

つまり私にとって、そのパン屋さんはこの世に存在しないと同じことだったのです。

 

そこに存在していても、 自分が気がつかなければ存在しないことと同じです。反対にそのパン屋さんはずっとそこにあるにも関わらず、 私は存在に気がつかなかったので。

 

ところが、 そのパン屋さんが美味しいということを知ったきっかけに、 私はそのパン屋さんを無意識に探すようになっていたのです。

 

すると途端に即刻、私が探していたパン屋さんは、目の前に突如として出現したのです。実際にはそのパン屋さんがずっと前から私の目の前にあったのです。

 

けれども私は、ずっとそのパン屋さんを必要としていなかったし、 探そうともしていなかったのです。だからパン屋さんは私の前には現れなかったのです。

 

ところがそのパン屋さんを探し出した途端、現れました。 これは一体何を表してるのでしょうか。

 

人は「 あるわけがない。」「できるわけがない。」という制限や思いは、自分が作っているということです。

 

本当は既に実行可能であるにも関わらず、自分が制限を作り、可能を不可能にしているということです。

 

もしかすると、 実現不可能な状態になっているとすれば、それは自分が望んで実現不可能な状態にしているのかもしれません。

 

ところが、 実現不可能なのは、「とある制限のせいだ。」と実現不可能な理由探しを自分でやっている可能性もあるということです。同様の事は様々な事に応用が効く話です。

もちろん、全てがそうだとは言いません。けれども少なくとも、自分の身の回りに限って言えば、「制限のせいだ。」という思い込みを外すことは、パーヴォ・ヌルミ選手が4分の壁を外した途端、世界中で「壁」を突破した選手が続出したようなことが可能になるのではないかと思いました。