簡単に暮らせ

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「ほぼテレビを観ない生活」3か月経過した感想

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こんにちは ちゃくまです。

家族が在宅のときをのぞき、テレビをほとんど観ない生活をして3か月経過しました。

 

テレビを私がスイッチを入れることはありません。

それで支障は全くありません。

 

以前から、それほどテレビを観る習慣は減っていたのですが、それでも暮らしの節目には結構観る機会がありました。

 

例えば・・

 

  • 朝の生活情報番組を観たり、
  • 外出から帰宅したときに「とりあえずテレビ」という感じでスイッチを入れたり、
  • 夕食時にテレビを観ながら食べたり、
  • ドラマを観たり、
  • バラエティ番組を時たま観たり、

・・とまあ、こんな感じです。

 テレビを観ないで観ているもの

けれども現在は↑ に挙げたような事例でテレビを観ることはほぼ皆無です。

その代り、

  • Amazonプライムの動画
  • ユーチューブ動画
  • ニコニコ動画

 

のいずれかを観ています。   

 

 

テレビを見る習慣があると、ついダラダラ付けっ放しになります。

けれども上記の動画の場合は、目的の番組を見たら基本、終了にできます。

 

これらの視聴時間は日によりますが、平均すると1日あたり一時間前後くらいでしょうか。

 

全般に、動画だろうと音楽だろうと、音が鳴ってる状態で別の作業をすることがなくなりました。

 

テレビはともかく、音楽は鳴らしっぱなしの人は多いと思います。

私の場合は20代くらいまでの頃は音楽大好き人間でした。

 

けれども30代くらいから音楽を必要としなくなりました。

出先で音楽が鳴っていたとして気になりませんが、自宅ではほとんど音楽を聴きません。

 

思うに、現状の自分の場合、「テレビをうるさい」と感じる事と、「目的のない音楽を邪魔に感じる感覚」は、ほぼ同じような気がしています。

 

 動画という点は同じでも受動的か能動的か

このような生活(テレビを観ない)になって気付いたことがあります。

結局のところ、テレビを観ることも習慣になってしまうと無自覚にダラダラ見てしまうわけです。

 

もちろん、エンターテイメント系の動画などを観ることは構いません。

重要なのは

「テレビは電源をつければ、あとは自動的に向うから勝手に放送しつづける危険に気が付けなくなる」

ことです。

 

テレビ以外の動画はエンタメ系だろうが少なくとも自分で選び、番組が終了するとそこで一端はストップします。

ところはテレビは、スイッチを切らない限り延々と番組が流れます。

 テレビは常に受け身です。それに対して自分で個別に選んで観る動画は能動的です。この差は大きいと感じます。

 

テレビをたまに観ると改めて次のことに気付きます。

 もちろん、なかには良い番組もあります。例えば池上彰さんの番組などが良い例です。その他、お金はかかってなさそうだけどしっかり取材をして作っているなと感じる番組はあります。ですので、全てではないのですが、高い確率でテレビ番組は観るメリットは少ないですね。

 

音量が大きすぎる

まず、テレビは音量が無駄に大きすぎます。

特にバラエティ番組は出演者の笑い声や効果音など、脳のメモリー(?)を消費する気がします。過剰な音を聞くことで、脳は何らかの反応をしなくてはいけません。そうすると他の事に使えるはずの脳の機能がここで消費されます。


字幕が邪魔

人が話す要点や笑いどころを字幕で協調する字幕が邪魔です。耳の聞こえにくい人が理解しやすいということはあるかもしれませんが、だったらシンプルな文字起こしのような機能にとどめてもいいはずなんですよね。

多分、字幕を観ながらテレビを観ると、話を理解することができなくなり「みんな同じ」視点で聴くように仕向けられます。当然、文字起こし以外の字幕でテレビを観ていると(要点を強調する類の字幕)バカになると思います。


時間あたりの情報量が少ない

気になる〇〇を言わずに引き延ばす手法がよくとられます。少ない情報を引き延ばしています。気になって観ているとあまりにいつまでも結論を出さないのでしびれを切らしてお風呂に入りに行きました。戻ってきてみるとなんとまだ結論を言っていないんです。たいした結論じゃないのに。感覚としては3分で伝えられる情報を40分くらいかけて番組にしている感じです。

これではテレビを観ていると頭の回転が遅くなるのは当然かもしれません。 


「大御所タレント等の意見が絶対」という空気が時代遅れ

テレビ番組って、出演者の階級が決まっているようです。他には人気の司会者など。このような方の機嫌を損ねるとなかなか話をさせてもらえなかったり、大御所タレントの発言に沿った発言をしなくてはいけない空気が流れています。

こういう空気ははっきり言って時代遅れだと思うんです。

司会者って以前はあくまで中立的な立場だったと思うのですが、最近の司会者って、結局は「大御所タレント」のポジションに近いみたいですね。

つまり、バラエティ番組などで何かのテーマで語り合っていたとして、結局はそれってスポンサーの意図に沿う形で仕切られるわけです。

だから初めから結論は出ているようなものであるわけです。そういうものを観てもメリットはないし、面白くないのは当然といえます。


情報の重要度と時間が見合っていない 

ニュース番組にしても、 情報の重要度ではなくてスポンサーが伝えたいものとか、視聴率が取れそうなものに時間を割いて放送されているわけです。

だから「ニュースなら良いのか?」と思いきや、全く無関係なわけです。 

もはや、テレビをメインに観ているのは高齢者だけだと思うんです。・・かと思いきや、テレビで何かが話題になるとネットでも話題になります。

ということは高齢者だけがテレビをよく見ているわけではなくて若い年代もテレビを観ているということです。

となると当然ですが、頭の回転が鈍くなるだろうし、自分で調べるというようなことも面倒くさくなってしまうでしょうね。

常識もテレビで見たことが発端

そして意見といえばテレビで見た、聞いた意見を自分の意見であるかのように錯覚を起こすようになるということでしょう。いわゆる「常識」もテレビの受け売りです。

 

テレビのスイッチを消すメリット

テレビをほとんど観なくても、必要な情報を得る手段はあります。反対に知る必要のない情報を知って頭の中をノイズだらけにしなくて済みます。

おそらくテレビを観ない生活をやろうとした人が最初につまづくのは

「音がない静かな環境に耐えられない」

という事ではないかと思います。

テレビをつけっぱなしにしているとき、スイッチをオフにすると一瞬で頭の中がス~ッと楽になるのがわかります。

 

テレビのつけっぱなしがエネルギーを奪う

反対にテレビのスイッチをオンにされると途端にノイズだらけになり頭の中が疲れると感じます。特に疲れるのはCMの音声です。

これが自分で選んで観ている動画の場合は全くそういうことがありません。

ですので頭の中が疲れるというのは音そのものではないということですね。きっと。

自分で目的を持って選んで観ているものは脳の機能を消耗しませんが、そうでないものは知らず疲弊させ、人のエネルギーを無駄に奪っているという事だと思います。 

 

 なぜ、テレビを捨てないのか

ここまで書くと「なぜテレビを捨てないの?」と思われるかと。はっきり言って、私はテレビを捨てたいのです。けれども家族はテレビを必要としています。

息子はたまにゲームをするためですが、テレビをテレビとして観るというより画面にゲームの画像を映し出すために必要としているようです。

夫の場合は仕事でいろいろ神経を使うせいか、帰宅してテレビを観ることがリラックスにつながっているようです。

以前、私もある程度はテレビを観ていた頃ですが、私にチャンネル権はありませんでした。

それで夫が在宅しているときには仕方なく、私も見たくない番組を観たりする機会は結構あったんです。

けれども現在は、チャンネル権などなくても全く問題がなくなりました。というのもいろんな動画を観る手段があるからです。

ネットにつながる媒体さえあれば良いので、「ガマン」も不要になりました。