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『時間革命 一秒も無駄に生きるな /著/堀江貴文』書籍感想(書評)

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こんにちは ちゃくまです。

 はじめに

時間は誰にでも平等にあたえられており、かつお金とは比べ物にならないほど価値ある。

堀江氏は語ります。

「時は金なり」ではない。「時間こそ資産」という貴重な話を、本書を通して知ってみたいとは思いませんか?

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時間革命 1秒もムダに生きるな


この本をおすすめしたい人

  • お金がないから「思い通りの人生を歩めない」と思っている方
  • 自分に自信がない方
  • 過ぎたことや他人目線を気にしてしまう方

この本を読んで得られること

  • 「時は金なり」が実は間違いだと気付くことができます。
  • 時間とお金は同等ではなく、実は時間が何より大事な資産だと知ることができます。
  • 悩みや迷いの多くは、「自分の人生を生きていないから」だと気付くことができます。
  • 多くのムダと他人の目線や常識という足かせを外し。今すぐ「行動しよう」と気持ちを奮い立たせることができます。

印象に残った内容

chapter1 「他人の時間」を生きてはいけない

堀江氏が2011年に、年9か月にわたって収監された長野刑務所では、介護士のような役割を与えられたそうです。

つまり一日中を、他人のために生きなくてはならない刑罰です。これまで堀江氏は、不平を口にしても、いっこうに動かない人たちを不思議に思っていたそうです。ですが刑務所で、自分の時間を失った時、彼らの心境を感じたと言います。

けれども堀江氏は言います。

意志さえあれば「自分の時間を生きることはできる。」

刑務所には時計がなく、「退屈だけれども何をする気にもなれない」場だったそうです。このような巧妙な刑罰で確信したのは「暇=悪」だそう。

一方で勘違いされがちなのは、「多忙と暇」は同意義だということ。その根源にあるのは他人を喜ばせる忙しさに生きているからだという。

他人を満たす生き方をやめれば、「忙しさ」の意味は180度変わるのだと確信しました。

chapter2   徹底的に「無駄」な時間を殺せ

この本に書いてあることは一言一句、骨の髄まで染みとおる気配で読み進めました。

「どう思われるだろうか。」

「こんな行動を取ったら、変に思われるのではないか。」

そんな時に堀江氏の本を読む事は、ガチガチに固まっている「他人時間を生きる自分」の融雪剤です。

もっとも、堀江氏は数ある著書の中で何度も「自分時間を生きろ」と言っています。それでも、ついつい、それをまた忘れ他人時間を優先してしまう。

だからこそ、忘れかけた時にまた読んで思い出すのです。同時にムダな時間をなくそうとする意識こそが「他人時間」ではなく「自分時間」を生きる言動でもある。そこに他人目線を考える余地などありません。

ムダをなくそうとするだけで、自分らしく生きることができる。これは確かにそうだと確信しています。

chapter3 「常識や世間体」に時間を溶かすな

行動できる人とそうでない人の違いは、実は情報量だといいます。

「動き続けられる人」になりたければ、情報量を増やしさえすればいい。

情報過多の時代云々という人に限ってたいした情報を持っていないと言います。

現代では、食べるために働いている人など、ほとんどいないのだ。

では何のために働いているか?

それは「暇つぶし」である。

 この部分だけを読むと様々な異論が出そうですが、突き詰めれば確かにそうだと肝心な原則に気付くことができます。

 

ここにも書いてありますが「働くべきもの食うべからず」という日本的な考えは農耕文化から来ていると言われています。一方で欧米は働くことは懲罰の意味がある。

 

www.kurase.com

 

そうした思考を知る事だけでも、勤労が貴い事という価値観が全てではないと気付くことができます。同時に「欧米はキリスト教の観点を発端として勤労は懲罰である」という情報を知っているか否かでも「常識」を打ち破る思考に気付くことができるのですね。

chapter4 「夢中」が時間濃度を濃くする

ストレス時間を徹底的に増やせ

堀江氏は、その場でストレスを消化してしまうので「ストレスが溜まる」ことが理解できなかったそう。そんな堀江氏でも刑務所に収監されたときに「ストレス」を理解したと言います。一方で「シャバ」にいる人はストレスを遠ざけることができるのに、そこから動かない不思議を指摘しています。

思うにそれは、子供の頃からほとんどの人が「籠の中の鳥」として生きているからです。籠の扉が開いていても「そこから出られる」ことに気付けないでいるのです。そして捕らわれていることが「しあわせ」だと勘違いしてしまうのです。

そうした価値観を取り払うのは並大抵のことではない。おそらくは、籠の扉を開けてそこから抜け出す第一歩は、物理的に環境を変えてしまうことです。従来自分が関わってきた人たちと物理的な距離をおいたり、く違う場所に住み、強制的に自らの概念を変えてしまう。それが第一歩ではないかと。

 

chapter5 「健康」こそが最大の時間投資である

確かに健康に勝る投資はありません。健康による不便は行動に制限がかかります。何をするにも時間を以前より多く見積もらなくてはなりません。

 

投資は何もお金だけではないのです。何より健康が最大の投資なのですから、現代の医学で可能な予防に関する行為には積極的になるべきなのです。

 

chapter6 「将来を心配する」という最大の無駄

 予防医学を重視するのは「将来」を見据えた行為でありつつも、予防という行動をともなう行為です。一方で「将来の心配」とは、あるかないかわからない事で時間を消費するムダです。

堀江氏は「いつか」のような長期的な目標は持ったことがないそうです。意味があるのは短期的な目標だけであり1秒後には行動を起こす内容なら意味があると言います。意外な事に堀江氏は「計画」も一切立てないし無駄だと言っています。

確かに小さなことで言えば、ブログを書くにあたり、「完璧に仕上げよう」なんて思っていたら永遠に1記事も書けません。誤字誤変換を恐れて記事公開をためらっても意味はない。

それよりも中心にあるのは「ブログを通じて何らかの情報を発信する」という行為にある。書きたい記事は、書いているから見えるという事実があります。

 

さいごに

子供が幼かった時子供向けの映画を観ていて気付いたことがありました。それは欧米あたりの映画と日本の映画におけるストーリーのテーマです。

日本の場合、決まってテーマは決まっています。それは「友達(仲間)を大切にしよう」です。対して欧米のテーマはまるで違います。それは「勇気を持って行動しよう」です。

確かに「友達を大切にする」のは必要な事です。ですがこれは解釈を間違えると、同調圧力や付和雷同的な意識に向いてしまいます。

対して欧米の場合は、各個人が行動して前に進む事が教えられます。

日本は島国で天災も多いわけです。だから常に仲間と協力しあうことが必須だったことが理由であることはいなめません。

それでもまだまだ「出る杭」は打たれやすい。

近年、ある程度は個が重視される世になったわけですが、庶民にとって、堀江氏はかつて「出る杭を打たれた」ようにも映ったわけです。

そうした様子を垣間見て私達庶民は、「やっぱり出る杭は打たれるんだ」とますます恐れを抱いた感もある。

ですが、堀江氏が昨今、出版本などを通して私たちに送るメッセージは、国内でも受け入れられるように世の中も変わってきています。

ですから恐れずに自分時間を生きることを中心に据えて良いのです。

 

まとめ