簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。50代アラフィフ主婦。2級FP技能士・ミニマリスト志向。シンプル、合理的に。家事も家計も整理収納も思考も健康管理も簡単に。

『デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する /著/カル・ニューポート』書籍感想 書評

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こんにちは ちゃくまです。

今回は、SNSやスマホなどの利用をミニマルにする必要性を説いた本を紹介します。

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デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

 

みなさんは、一日の間にスマホをどのくらい見ていますか?

スマホではなくても、パソコン、タブレットも同様です。

 

もちろん、仕事や業務で必要があって使用していることは除外します。

 

朝、起きたとき

通勤時間

朝食時

休憩時間。

昼食時

夕食時

就寝前後

子どもを遊ばせながらの合間

・・

もしかすると、思った以上にスマホを中心としたデジタル媒体に目を通しているのではないでしょうか。

そしてそれらの多くは、SNSなどをかなり占めてはいないでしょうか。

 

特にスマホは日本の場合,iPhone人気です。

私もiPhoneを使っています。

 

著者によれば、iPhoneはもともと、「電話も出来るiPod」に過ぎなかったのだそうです。

実際、あのジョブズもそのつもりで初代iPhoneをステージ上で紹介していたといいます。

そして、現在のスマホの実像は、スロットマシーンと化していることを指摘します。スロットマシーンとはギャンブルの媒体です。

そしてギャンブルの特徴は依存性が高いことです。では、なぜスマホがスロットマシーンにたとえられるかといえば、「当たりは出るか?」と期待する行為とほぼ同じようなものだというわけです。

  1. スマホを開く
  2. 何か面白い情報がないかと探す
  3. タップして記事を読む
  4. 興味をひく記事があれば当たり
  5. 興味がない記事であればハズレ・・
  6. 繰り返し

 

つまりは、このような流れを踏むので、スマホ閲覧はスロットマシーンと同じだというわけです。

スマホにのめり込む人が多い理由が、これで説明ができます。

 

普段、スマホ閲覧に対して依存性を気にする人は多くいます。

ですがその原理がギャンブルに対する依存性と同じところにあるとは、誰も思いもしません。

確かに、いわれてみればスマホで「おもしろい記事がないかな?」と探して記事を開く行為はまさにスロットマシーンです。

そしてテクノロジーを生み出す企業は、まさに人がそのような使い方をするように工夫し続けているからこそ、注意が必要だというわけです。

パソコンは手軽に開いたり持ち歩くことがないので、同じネットにつながる媒体でもある程度制限が半強制的にかかる状況でした。

それに対してスマホは、いつでもどこにでも持ち歩けます。そのため、いつでもネットを閲覧できます。

ましてや例えば私が最近、使い始めたスマートウォッチは、スマホを通り越して入浴時以外は身に着けることが可能です。

つまりスマホなどのデジタル端末媒体は、利用する「人側」が、意識して切り離す期間を設けない限り依存性が高くなるいっぽうだというわけです。

従来型の依存とはアルコールや薬物だったわけです。ところが現代の依存は、そうしたものではなく、子供でも普通に使っているスマホが媒体になりうるといいます。

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これまで依存症にかかるのは、特殊な環境に置かれた人や、何らかの原因があって陥るものだという印象がありました。

けれども現代では、誰もが手にしているスマホで簡単に依存症に陥ることになるわけです。

また、そうした背景には、報酬を与える通知系の媒体などがちりばめられているそうです。確かに、例えばスマートウォッチには目標達成すると、デジタル状の「メダル」が獲得出来たり、「ピコーン」と達成感のある音が発せられたりします。

それらの現象で思い出すのは、相当前に遊んだことがあるスーパーマリオブラザーズのゲームです。マリオが進んでいく過程で、コインを獲得するとピコーンという音が鳴ります。

その音が獲得&達成された感覚が心地よく、たいていの場合ゲームを長時間すすめていってしまうというわけです。

私の場合は、その手のゲームをしても、あまり興味が沸くことがありませんでした。ですがコイン等を獲得した時には、独特の達成感があるという印象は記憶にあったし、そうした現象をさらに追い求めてしまう人の気持ちは理解はできます。

つまり、最近のスマホ依存に対しても、その事例と大差がないということでしょう。

さらに、SNSは承認欲求を加速させます。一方で自己嫌悪に陥ったり、SNSに疲れてしまう人の現象も話題になります。

人は社会の中で生きる生き物ですから他者を意識しないことは不可能です。それは本能でもあるでしょう.

著者がなぜ、SNSなどのサービスやスマホを媒体にした利用に警告をうながすか、それはテクノロジーの有益性の有無とは無関係だと語っています。

では何が問題なのか、そして私たちが何に対して注意をしなければならないかというと、それは「主体性がおびやかされていること」だといいます。

この個所は、わたしがかつて書いた記事とまさしく同意義です。拙著 簡単に暮らせ

にも記載がありますが、アプリをはじめとしたデジタル媒体に依存しすぎることは危険な兆候であると薄々感じたことを書いた記事です。

こちらのブログ元記事は、書籍とは若干記載が違いますが(書籍化にあたり修正、補足等があるため)ほぼ同じ内容です。

私がこの記事で伝えたのは「主体性を失わないこと」です。

 常にアプリの指示待ちをすることが普通になってしまうと、効率が良くない指示にも疑いを持たずに従うだけの子供のようになってしまいます。アプリはあくまで最終的に補佐的に使う物です。主体はあくまで人であるべきです。

www.kurase.com

 また、私はツイッターも利用していますが、いずれにしても「使っても、使われない」ことを常に意識しています。

意識しないで漠然と利用していると、どんどんのめり込むような仕掛けになっているのが、これらの特徴だからです。

この本には、既に相当「依存」が進んでしまった人でも、「デトックス」する具体的な方法が詳しく記されています。

また、現在「依存」するほどにのめり込んではいない人も、これから避けて通れないデジタル媒体に向き合う際に注意しなければならない点について知ることができます。

  • 予め注意しなければならないことを知りつつ、利用すること
  • 全く無防備な状態、つまり丸腰で利用すること

この2つの違いは、似て非なるものです。

つまりこれからデジタル媒体を利用するにしても、背景を理解し、自分がどういうポジションで迎えようとしているのか、の違いは多大な違いがあります。

 既にデジタル媒体を全く利用しないことは難しいのが現実です。けれども、この本に書いてあることのうち、自分が実行可能なことを少しずつ実践することは可能です。

そうすることで、主体性を失わず、仮に失っていても取り戻すことが可能になるはずです。

この本に書いてあることは、現代を生きる上で不可欠なことです。多くの人が知っておく必要があるとおもいます。