簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。ミニマルな暮らし。50代主婦。家事、家計管理、捨て作業のコツなど。やりたいことに集中できる暮らしの追及。

「親に感謝してはいけない」と息子に子供の頃から言ってあります。

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こんにちは ちゃくまです。

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「親に感謝してはいけない。」 

私は息子に、子供の頃からそう言っています。

 

もちろん、世の中や他人の何気ないかかわりに対して感謝の気持ちを持つことは必要です。

そうすることで、実は自分が多くの人や物事にサポートされている、生かされているという気付きを得られます。

こうした気持ちが常にあることで、世の中は明るく希望にあふれて見えます。

 

いっぽうで、注意しなければならないのは親子の向き合い方です。うっかりすると、親である自分は、こう勘違いをしがちです。

「子供のためを思って」

確かに、見返りを期待して手をかけたり、気にかけたり、育てたりしているわけではありません。 

一方で「子供のためを思って」が、本当にそうなのかは、実は疑わしいと思うことも世の中にはあります。

同時に、うっかりすると子供(我が子の意味)には「感謝」という精神的な見返りを期待しがちです。

 親に感謝という言い方は耳障りが良く聞こえる言葉です。だから本来は子供が自発的に沸き起こる気持ちなのに、親の方から気持ちを誘導してしまうことがあります。

一見して感謝という気持ちは、子供に良い精神を教えていると思いがちです。けれども、実際のところは違う例はよくあります。 

例えば・・

  • 進学や就職は、世間体の聞こえが良いところをすすめる
  • 子供がやりたい道を「それは食べていけないから」と言って否定する
  • 子供が興味を持っている分野が未知なので「世の中は甘くない。現実をみなさい。」と否定する。

いずれも「子供のためを思って」言っていると親が思っています。

 

  • 進学先や就職先は、世間からうらやましいと思われるところを強引に選択させたり、
  • 子供が決めた道を、過去に前例がないからといって「食えないからやめなさい」と言ったり、
  • 子供が進もうとする分野に進んだ知人を知らないので「世の中甘くない」と諭したつもりになったり、 

・・はありがちです。

 

こうした子供の選択と希望の前に立ちはだかる親の「子供のためを思って」の真実は、親の世間体だったり、見栄だったり、老後が心配だから、に過ぎないことがあります。

 

ましてや現代は変化が激しい時に直面しています。確かに子供が選択する道が必ずしも順調には行かない事だってあるでしょう。

けれども実際にどうなるのかは、進んでみない事には誰にもわからないのです。仮にうまくいかないとしても、それは全て子供本人の選択によるものです。

 

また、その時点では失敗に思えても、あとからそれが活かされて生きてくることだってあります。

単純にいって、親という立場は子供よりも年老いています。だからそもそも考えも価値観も古くて遅れているのが当たり前です。だから確率的にみても、子供に意見する器にはないのです。

 

また、親への感謝の気持ちが大きすぎると、子供が前進しない言い訳を無意識に作ってしまうことがあります。

 

例えばこんなイメージです。

 

例1:「本当は海外で仕事をしてみたいけど、親が心配だから日本で仕事をする。」

 

この例は一見、自分の希望をやめて親を優先した心優しい子供にも見えます。また、本人も賢明な選択をしたと思うかもしれません。

けれども実際は、「親が心配」という言い訳をしつつ「親への感謝を忘れない心優しい息子」という世間の評価と自己満足を獲得しています。

 

けれども実際は「海外に行く勇気が出ないから親を言い訳にしているだけ」

・・「親へ感謝」という精神は、一歩間違えると、このような自分への甘さを作ってしまうんですよね。

 

一方で「親の側にいない冷たい子供」という世間の非難を受け止めつつ、前進することはけっこう勇気がいります。

 

 だから実は

「親に感謝してはいけない」

という教えは子供にとってはけっこう厳しいとも解釈できます。

 

いっぽうで

「親に感謝しなさい」

という教えは、逃げ道がある分、実はゆるい教えです。