簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。50代女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

『メンタルの強化書』書評・書籍感想・ブックレビュー



こんにちは ちゃくまです。

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はじめに

心が折れてしまう方々が長らく水面下で問題になっています。ところが報じられる機会はほとんどありません。

そうした方々は、社会に適応できない問題ある人々なのでしょうか。著者は否と答えています。正常な反応をするからこそ心が折れる、と。同時に、いわゆる「成功者」の多くは下品だからこそ成功できているとも説いています。

多くの成功本が書店に並びますが、この本は単に「メンタルを強くしよう!」という内容にとどまりません。

もくじ

本書各項目について

はじめに

本書では参考例として 韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩 (講談社現代新書) の一部が抜粋されています。

それによると、「韓国企業は実力主義だが、その効力期間は短く、多くは40歳を過ぎると転職も難しい。反して寿命は延びている。高齢化が進み老人嫌悪の現象に苦しんでいる。経済成長もインターネットも日本より進んでいるので、韓国の現状は日本の近い将来でもある」という内容は興味深いところです。

そういえば最近、書店で韓国人のイラストレーターが書いたベストセラー本が上陸しています。当ブログでも取り上げました。その内容はいずれも、「緊迫した社会において息詰まり感を感じているけれど、それをやめて自分らしく生きよう」という趣旨の本です。 

日本でも「生きにくさ」が通目されていますが、お隣の韓国でも似た現象が現れているようです。しかもその現象は、「メンタルの強化書」を読む限り、日本のより深刻化しているようです。

www.kurase.com 

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本書の 著者は、「政治主導で政策を改めつつ、メンタル面から救う何かをするために、役立つ内容をこの書籍に盛り込んだ」と締めくくります。 

第一章 下品化する社会とどうつきあうか

この社会で「成功」するためには、下品でなくてはならないそうです。つまり繊細でやさしい人は勝ち組になれないということ。

私たちは勝ち組になることを望みながらも、反面、常識、マナー、思いやりといったことが必要だということになっています。

ところがそれらは建前であり、今の世で成功して「問題なく」生き延びるためには下品でなくてはならない。

だから本当は、心が折れてしまう人こそが正常であり、成功する人こそが問題ある言動をとっているのかもしれません。

「ラベリングによって逸脱者を作り出している」

これは大いに思い当たります。たとえば最近、HSPという言葉が出てきたことも一例といえます。

繊細で敏感であることがレアであり少数であり、そうではない雑で鈍感な人こそが正常で多数なのだという暗黙の位置づけがあります。

HSPに限らず、すべてをカテゴライズして、自分が理解できないことを認めない風潮は何とかしないといけないでしょう。

第二章 「前のめり」な生き方をやめる

「前のめりな生き方は他者に利用される」

おどろくのは「30代で老後の準備を始める女性」がいる話題です。また「教養を身につけないと生き残れない?」なども。

いずれも根源は「不安に付け込んだビジネス」だという点です。

「30代で老後の準備をする女性」も、ビジネスに振り回されている可能性がある。

こうした現象を避けるために、著者は「前のめりな生き方をやめること」を説いています。

能動的に行動していると自覚しているけれど実態は受動的だと。

では、どうすればいいかというと、

「立ち止まることができる力こそ教養である」

と考えているそうです。

「前のめりな生き方は他者に利用される」

とあるように、本来は不要な商業戦略に乗せられたり、個人が組織が自らを守るために犠牲にすることがあるそうです。

欧米には自己責任という言葉はない

私もブログ中で時々使っていますが自己責任という言葉は、欧米にはないのだそうです。理由は簡単で、キリスト教はそもそも「人間は罪深いもの」という価値観なので、不完全な人間の責任を問わないのだそう。ここでは自己責任という言葉が都合よく利用されていることが記されています。

流動性が高く、いつでも辞めさせることができる安い労働力を必要としていたのは、雇用者の方です。自分たちの都合で仕組みを変えておきながら、その責任を被雇用者に押し付けるというのは、二重の意味で厚かましい。それこそ「下品」なやり方です。

さらに著者は続けます。

この転倒した世の中で、下品になり切れない多くの人たちが、心を折り、心を病んでしまっています。 

絶望を感じていたとしても、それは自己責任だと考えるから心が折れるという側面は大いにあると思います。けれどもそうではないことを知れば、著者も言うように心が軽くなるのではないでしょうか。

第三章 折れない!疲れない!自分のための働き方改革

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明日できることは今日やらない

生真面目な人は、極限まで仕事を続けがちです。でも、前倒しで仕事をした場合と、期限ぎりぎりで終わらせた場合の結果では、前者のほうが良いとは限らないんですよね。

例えばですが、家計簿の記録を前倒しで今月分を途中まで記録していたとします。ところが月末を終えて、「この記録をつけたのかつけていないのか」がわからなくなり、かえって手間取るという経験があります。

先延ばしにできることはできるだけ先延ばしにしましょう。その意味では図太く、ズルくなることも大事です。このことは精神衛生にもつながります。

私もついつい、前倒しで行動してしまい、その割に成果が出ない・・という経験があります。以後、「明日でいいことは今日やらない」と決めました。まさにちょうど、著者がこの項目でも言っています。 

第四章 心が折れた時の動き方・考え方

心が折れた時はまず休むことだと説いています。

  • メンタスヘルスの取り組みがない職場の場合→地域の保健所、精神保健福祉センターに相談する。電話、面談、いずれも可能。場合によっては保健師が家庭を訪問してくれる。
  • 病院で診てもらっていて治療が進まない場合も相談。
  • いずれも思春期の青少年の悩み相談窓口がある。

第五章 コミュニティとアソシエーションで乗り越える

得体のしれない新興宗教がはびこる予兆

私はマルクスの言うように宗教というものが、人間が作り出した一種のファンタジーであり、それが客観的に現実を把握することを妨げる部分があることを認めます。

本文中によれば、中国が最近、宗教を容認しはじめたそう。

マルクスは宗教を「民衆のアヘン」と称してこれを否定しました。 

 宗教が生まれた背景として、人々が苦しみや悩みから逃れ一時的にでも紛らわせる役割があったとのこと。一方でそれはかつての中国で問題になっていた薬物の問題があったわけです。結局のところ、宗教はかつての中国で多くの人を虜にした薬物と同じような

現実に対して判断停止を行わせるものだということ。

だそう。けれども最近の中国政府は人々に宗教を容認させようとする気配がある。つまりそれほどのレベルに達している可能性を著者は説いています。

さらに著者は、今後、得体のしれないの新興宗教が活動を始める可能性を見ているようです。

 「上品な人たちのコミュニティを作る」

一方で著者は、「上品な人たち」で共同体を作る可能性の話題を取り上げています。興味ぶかいのは、この共同体には「社会的成功者」は加わることができないという点です。

そういえば最近、独身の若者が数人で廃校を利用してコミュニティを作り生活している書籍が出版されていました。あの事例はこの話題に近いかもしれません。

 メンタル耐性は遺伝の可能性

著者は2002年、東京拘置所に512日間も拘束された経験を持っています。ところが心を病むことはなかったそうです。その理由は、うつの因子がなかったからだと言っています。 

通常、このような体験があると「タフな精神力があったからだ」と遠回しな自慢エピソードが定番です。ところが著者は一切そのような表現をしません。

実際にうつの因子がなかったのでしょうが、あくまで謙遜をしている側面もありそうです。 

 

著者はどんな方?

著者は下記のように多彩な経歴の持ち主です。かなりの読書家のようです。

佐藤/優
1960年東京都生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学部卒業。同大大学院神学研究科修了後、85年外務省に入省。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。北方領土問題など対ロシア外交で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。09年、最高裁上告棄却。13年、執行猶予期間を満了し刑の言い渡しが効力を失う。同志社大学神学部客員教授、同大学特別顧問、名桜大学客員教授。著書に『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

 


 

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さいごに

私はある時期から、いわゆるスピリチュアル的なことは一切かかわらないと決めています。おかげで急な病に遭った時でさえ、常に前を向いて悲嘆することなく今日まで来ることができています。

ふわふわした幻想や空想、架空に逃げることはしたくありません。結果としてそれが一番簡単で楽です。誰かに騙されたり心が揺さぶられることもありません。

私はこれまで、著者の書籍を何冊か読みました。けれどもこの本を読んで、著者は聡明であるだけではなく、非常に上品で心が美しく優しい人だということを知りました。このような方が多数書籍を出版していることは、まだ日本にも救いがあると思いました。