簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。ミニマルな暮らし。50代主婦。家事、家計管理、捨て作業のコツなど。やりたいことに集中できる暮らしの追及。

料理は臨機応変がいい・『意識の低い自炊のすすめ・著・中川 淳一郎』書評・書籍感想・ブックレビュー

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こんにちは ちゃくまです。

今回は自炊に関するお話です。

我が家では最近、シャープ ヘルシオ ホットクック 電気 調理 無水 鍋 2.4L(2~6人用) スマホ連携 レッド KN-HW24C-Rという自動調理家電を買いました。レシピ通りに材料をセットすれば、あとはホットクックが仕上げをしてくれます。セットさえ間違えなければ失敗はありません。

 レシピを無視するワケ

ところが私、ホットクックのレシピ通りに使ったのは最初の3,4回だけ。あとはどんどんレシピを無視しています。

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意識の低い自炊のすすめ 巣ごもり時代の命と家計を守るために (星海社新書) 

 

一応、ホットクックには手動で加熱もできます。でも私は手動で使うことはめったにありません。

自動調理メニューの中から似たメニューを選ぶのです。それでもホットクックは、レシピ通りにセットされていない具材を必死に過熱して仕上げてくれています。

慣れるまではレシピを確認していましたが、今は参考にとどめています。だからレシピがなくても平気です。

 

ホットクックは料理が全くできない人でも理想的に仕上げてくれます。一方で、私のようにレシピ通りに作らない場も今のところ問題ありません。臨機応変に過熱してくれるようです。(無視しまくった結果、支障があるのかは不明)

レシピは目安

第一、冷蔵庫にレシピ通りの具材があるとは限りません。そんなときに、いちいちレシピの具材がないからといって、「このレシピは作れない」とあきらめるのはヤボというものです。レシピは目安なのです。

また、味加減は各自の都合と好みがあります。こんなときもレシピ通りに作らなければならないのは、調理実習とか、外食産業の場合でしょう。

だいいち、例えば我が家のように3人家族の場合、分量に対する調味料の分量というのは、たとえ材料が変わっても、経験から計量しなくても問題ない味になります。

万が一足りないならば足せば良いだけです。それに我が家は調味料にはあまり頼らない主義です。(それぞれの好みはあるかと思います)それよりも素材を活かすことが優先事項です。

100点の自炊を目指す必要はない

この本にもこう書いてあります。

大事なのは、100点を取ることではない。そこそこ納得できる金額で、そこそこ満足した料理を作ることなのだ。

そうそう、まったくそう。調味もそうだけど、食材もその時に応じて対応すればいい。

たとえば、こんな場合です。スーパーに行ったら、予想外にキャベツが高くて、白菜を買うとか、アスパラの代わりにいんげんを買ったり、豚ロースを買おうと思ったけど、たまたま牛肉がセールになっていたから「たまには買うか」となることはあります。

そもそも、食材が必ず手に入ること自体がレア

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いっぽうで「今日のレシピはこれだから」と食材をかたくなに守る必要なんて、どこにもありません。

第一、予定の食材が常に手に入る状態なんて、人間の歴史の何万年の中でも戦後になってからの、つい最近数十年のことなのです。

だから、ほうれん草が小松菜に変わってもいいし、大根がかぶになってもいい。レタスが豆苗になっても何ら問題ないわけです。

ところが私たちが認識している料理って、あまりに細かい決まりごとが多すぎます。

自炊に必要なのは応用力

もちろん、一流レストラン、料亭などは、お金を出して食べてもらう以上、一定の技術と味と食材を提供する必要があります。また、そうしたものを口にする人たちが「おいしい」と思える味でなくてはいけません。

こうした例外はあるにしても、本当は料理、つまり私たちが自炊と呼ぶレベルの普通の食事に求められるのは臨機応変な食なのです。つまりは応用する力です。

手作りという信仰は矛盾している

この本の中には、芸人の奥さんがブログでアップしていた手作りパンが、実は市販品だったと告白したことや、幼稚園の弁当に冷凍食品を使っていることをマウンティング発言したあるママの例が挙げられています。これらの現象に共通しているのは「手作り信仰」だというのです。

園児に冷凍食品より煮物が本当に良いのか

そう言えば私も、こんな話を聞いたことがあります。幼稚園の先生がお昼の時間に園児の弁当の中を見て、保護社会で集まったお母さんたちに向かって、こう言ったそうです。

 

「から揚げとか、フライとかの冷凍食品じゃなくて、煮物でいいんです!お母さんの手作りを入れてあげてください!」

 

私はこの話を聞いて開いた口がふさがりませんでした。

 

「園児に煮物って・・。」

第一、食べないでしょ。

汁もれするでしょ。

テンションが下がるでしょ。

 

ただでさえやんちゃな子供相手に、弁当持たせるだけでも大変なのに、これでもまだ不満だと?

昼は冷凍食品でも自宅では「煮物」を食べているかもしれない。それでいいのでは?仮に食べていないとしても、だから何だと言うのでしょう。

要は、その先生も、悪気はないのでしょうが、手作り信仰にはまっているのでしょう。

手作りでも、いまいちな材料が使われることもある

確かに冷凍食品や総菜などには、良くないとされるものが含まれていることはあるかもしれません。けれども手作りだから、そういう物が含まれないとは限らないんですよね。

「手作りでも砂糖たっぷり」は〇か×か

たとえば白砂糖をたっぷり使った煮物かもしれません。トランス脂肪酸の塊であるマーガリンをたっぷり使ったクリームコロッケかもしれません。

要は手作りかどうかのメリットは、あくまでイメージです。

パン屋さんのパンは既成パンより安全か

また、ヤマザキのパンは添加物がたっぷりで、パン屋さんのパンが添加物が入っていないなんてことはありません。

第一、ヤマザキのパンは個別包装されています。それに加えて材料が明記されています。それに引き換えパン屋さんのパンはむき出しで並べられていることが多いし、添加物などの明記がありません。

これは安全で、これは安全ではない。ことも、既製品かどうかのちがいも、実はイメージで把握していることは、ずいぶんあるんですよね。

自炊は一生かけて追うもの

この本は、自炊をはじめとした一般家庭で食べる食の思い込みを外すきっかけになることが多数記されています。

自炊には万人向けの正解はない。ただし個々人についての正解はある。それを一生かけて追い続けるのが自炊というものの奥深さである。

とあります。つまり自炊は「こうでなければならない」はなくて、自分や家族が「これがいい。」と思える食を追う楽しみもあるというわけですね。

さいごに

食は年齢によっても変わるしライフスタイルでもどんどん変わります。

我が家ではホットクックを取り入れたりしたので、煮物の火加減とか「根菜を軟らかく煮る」労力が解消されました。

その分、空いた労力を他の食のエネルギーに回せるようになりましたので、また我が家の自炊はどう変化していくのかが楽しみです。