以前、コールドミールというドイツの食習慣を知って、興味を持った話を書きました。当時は単に「調理の手間を削減できる」くらいに把握していました。一見、単なる食習慣の違いに過ぎないと見過しがちです。けれどもコールドミールのメリットはつまりこういうことです。
改めて書きだしてみると、こんなにメリットがあるのです。
コールドミールのメリット
- 食べ過ぎない(夜寝る前に胃腸に負担をかけない)
- 環境に優しい(水道光熱費を過剰に使用しない、汚染の排水が少ない)
- 食材を過剰に消費しない
- 節約になる(食費と水道光熱費を削減できる)
- 時間にゆとりが生まれる(調理、掃除、買い出し、片付けの手間と時間を削減できる)
- 思考がシンプルになる(献立に悩まない)
- 衛生面が良くなる(調理が少ないので台所が汚れない)
- 物を減らせる(調理器具、食器の数が少なくても問題ない)
- 収納や片付けの手間がそれほどいらない
- 主婦の気持ちにゆとりができる(家事に携わる頻度が減る)
もっともデメリットもあります。
コールドミールのデメリット
- 食材、調理器具、食器などの業者の経済が潤わない
- 温かい食事が味気ない
- 食事を理由にした人の会合がしにくい
- 食文化が繁栄しにくい
- 家族の賛同を得にくい可能性が高い
- 幼い子供がいる家庭の実践は慎重にしなくてはいけない
「今日の晩御飯の献立の悩みから解放される」だけにとどまらない
日本の主婦の共通の悩みは「今日の晩御飯のメニュー」と「栄養のバランスのとれた完璧な家庭料理を作らなくてはいけないこと」と、「調理をすることによる台所の後片付けと掃除」と「複数の料理を作る調理器具と食器の整理と片付け」に追われている事です。
ドイツでは、暖かい食事をとるのは昼食だけ、朝食と夕食は調理不要の簡単なもので済ませるという食習慣があります。具体的にはパン、ハム、チーズなどのような「出すだけ」の「コールドミール」という食習慣です。
お昼は仕事をしていれば外食なので、主婦はほとんど家で調理をしないということになります。この習慣を知った時、家事の手間に関して「うらやましい!」と思いました。調理をほとんどしなくていいなんて。簡単な食事であれば、きっと鍋やフライパンが汚れないので洗い物も少ないですよね。それに台所も汚れません。
ドイツの台所がきれいな理由は「自宅で料理しない」から
ドイツのきれい好きは有名ですが、実はこういうからくりがあったとは驚きでした。実際に、家でほとんど調理をしないので、当然、台所はピカピカだそうです。以前、この記事を書いたときには「主婦の家事の手間」に視点が向いていました。
ドイツの食習慣のほか、外国の航空の機内食でもコールドミールが採用されることがあるそうです。通常の機内食は機内で温める手間を必要としますが、コールドミールなら「出すだけ」なので、その分、乗務員の負担は少ないですよね。当然、温めるための燃料も削減できていることでしょう。
手の込んだ料理は食べ過ぎにつながる
そして以前の記事からしばらく経過した現在、コールドミールには別の意味があることに気付いたのです。それは少し前に自分が食習慣の見直しをしてからのことでした。
食習慣の見直しをしたことで、過剰に食べないようにすれば、そもそも食材も少なくて済む事や、良い食材を買っても、量が少しで良いのでトータルでは食費が跳ね上がらない事に気付きました。
もちろん、主に食習慣の変化は私だけが行っています。そのため、家族の食事のメニューは以前と大差ないので、相変わらず台所は調理で汚れます。そして食材の買い物も私の分を少し減らしたくらいでは総合的に大きな変化はありません。けれども仮に、家族全員が私と同じような食習慣にした場合、かなり様々な事が変化するであろうことは明白です。
自宅で料理の頻度が減れば、たくさんの物も必要ない
おそらく、食材を買う量が減りますから食費が減ります。調理時間が短くなるし、油汚れが減りますから水道光熱費が減るし台所が汚れにくくなります。すると台所の片付けと掃除の負担も減ることでしょう。あれこれ多様なメニューを登場させなければ、食器の種類も限定できます。当然、多くの物が必要ではなくなり食器と調理器具は少しで済みます。
イチ個人では些細なことでも、多数が採用すれば効果は大きい
ここまで書くとまるで「物を持たない」ために食習慣を変える目的と誤解されることでしょう。大事なのはそこではありません。一人一人は小さい変化ですが、これが例えば家族が採用すれば家庭単位で食材の消費、光熱費の消費、食費、調理と食材の買い出し、献立を考えること、掃除と片付けに関する時間と手間とお金を削減できるということです。
個人や家族の実行ではたかが知れています。けれどももっと幅広い人たちが実行すれば、様々な「不足」を解消できる可能性に結び付くということです。ドイツのコールドミールも、元はそうしたことが目的にある習慣なのかもしれません。
「毎日3食しっかり食べる」は食べ過ぎにつながる
現時点では、そこまで個人が考えるに至らないとしても、実行できればメリットがあるのです。ただ問題は「毎日3食しっかり温かい食事を食べなくてはいけない」という思い込みです。
しっかり料理をすることと、たくさんの食材を取り入れることこそが、良い主婦だという思い込みを外すことが必要なのです。
日本の主婦の多くが良かれと思ってやっていること
- 毎日、一日3食分を手作りする
- 毎日、朝と夜は必ず暖かい家庭料理を食べる
- 毎日、時には手作り弁当を持参する
- 毎日、調理器具と食器の片付けと整理(たくさん料理を作るから物がたくさんある)
- 新鮮な食材の大量の買い物(栄養のバランスを取る、3食分の食材はたくさん必要)
日本の主婦が家族のために良かれと思ってがんばっています。「今日の献立は何にしよう?」と悩みます。けれども仕事などが忙しく時間がない人は多いです。そこで最近は「作り置きおかず」の本が大人気です。書店に行くとこの種の本がたくさん並んでいます。
確かに、何日か分の調理をまとめてしまえば、少しは時間にゆとりが生まれます。けれども食べる量が減るわけではありませんし、それには保管のための大きな冷蔵庫や、大量の食材まとめ買いが必要なことには変わりありません。
日本の主婦が負担に感じている事
- 水道光熱費の節約がなかなかできない。(毎日調理と掃除をするから、削減しにくい)
- 毎日3食分の献立を考えること
- 栄養のバランスを考えること
- 美味しくて健康的な食事をすること
- 食費を多くし過ぎないこと
- 水道光熱費を節約する事
- いつも台所をピカピカに保つこと
- 子供の相手を十分にしてあげること(子供の相手をすることが負担という意味ではなく)
↓
「良かれ」と思ってやっている家事の弊害
- 栄養のバランスを取ろうとすると食費がかさむ、食べ過ぎる
- 調理の頻度が多いので台所掃除の手間と時間がかかる
- 調理と掃除と買い物の手間と時間で自分の時間、家族と過ごす時間が減る
- 豊富なメニューのための調理器具と食器が増える
- 片付けと整理整頓の手間がかかる
- 掃除用品、洗剤の購入が増える
- いつも食事作りの事を考えなくてはいけなくなる
本格的な実践は無理でも週末限定くらいなら
と言っても、いきなりドイツの様な食習慣を取り入れるのには無理があります。それに誰しも冷たいシンプルな食事より暖かい調理された食事の方がいいに決まっています。
もし、日本でこういう習慣を提案したら「手抜き主婦」のレッテルを貼られることでしょう。
そして食材や調理器具や洗剤やとにかく食事に関することに関連する物を販売している業者さんはたくさんいます。だから当然、こうした概念を好意的に受け入れられることは難しいでしょう。
せいぜい、ひっそりと個人のブログでこのように「こういうやり方もありますよ」と提案してみせるくらいのものです。充実した食事は誰もが求めるものです。けれどもそれが健康に良いかは疑問です。
一説によると人は長年、飢えと戦ってきた歴史に成り立っているので、飢えには強いが食べ過ぎには弱いそうです。だから最近の不健康は、余計なものを食べることを控えれば改善される・・そういう説もあります。
もし、コールドミールを実践するとしたら、週に一度とか、夫が飲み会や出張などで夕飯が不要のときなどに試してみるのもいいかもしれません。すぐに実践するのは難しいですが、「常識を疑う」概念は重要です。そういう食生活をしている人が多数いることを知っているだけでも何かの折にはヒントになります。
さいごに
日本の主婦が負担に感じていること。食事作りや掃除や片付け。そして物が増えること。これらの発端はもしかすると「充実した食事を3食摂らなくてはいけない」という思い込みから来ている可能性があります。
その証拠に、最近は毎日がごちそうみたいなものです。いざ、クリスマス、正月と言っても、せいぜいクリスマスケーキやおせちや雑煮が違うくらいです。チキンなどは常に食べているし、雑煮と言っても餅が目新しいくらいのものです。
いつもは普通のチキンなのを骨付き肉に変えて目先を変えているくらいの違いしかありません。それほどに現代は日常の食事がごちそうです。
つまり主婦は毎日ごちそうを作っているのです。それでは日々の準備と後片付けが大変になるのは当たり前です。作り置きおかずや、後片付けの手順を多少工夫したところで、焼石に水です。もっと根本を見直さなくては、改善しません。
コールドミールという食習慣を見つめることは、食事その他の思い込みに気付くきっかけになります。単なる習慣の違いで済ませずに「なぜ、その方法を取り入れているのか?」という視点を持てば、根本的な問題と思い込みがあることに気付くきっかけになります。