簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

自分の着ている服が、みすぼらしく感じたときに起きたこと



こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

・ミニマリスト的な暮らし方

・家事を簡単にする工夫

・お金に関する管理方法(筆者はFPです)

・世間に惑わされない生き方

・・など。お役に立てたらうれしいです。ツイッターも発信しています。

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先日、気分転換に久しぶりにショッピングモールに行きました。

梅雨とはいえ、外は暑いし、違う街で平日散歩するのは血管系基礎疾患がある私にはリスクなんです。

だから近所の散歩に飽きたら、時々ショッピングモールに散歩に行くことがあります。

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(散歩と言っても、本を買ったりカフェに入ったりで「歩かせてもらったお礼」のお金は落とすようにしています。)

ショッピングモールは私の年代(50代)に合うものは基本、売られていません。まあ、ユニクロや無印、GUが入店しているし、全く「ない」ことはないのですが、年齢的な場違い感があるんですよね。

とはいえ、今回は久しぶりだったのですが、年代が違うお店ばかりとはいえ、ふと気が付くと自分が着ている服が急にみすぼらしく感じました。

まあ、確かに、その日着ていた服は、3シーズン目で、しかも過去にヘビロテした服です。近所を散歩する格好と同じ調子で来ていたので、それは当然といえば当然。

とはいえ、わかっていたはずなのに、即座にこんな考えが頭に浮かんだのです。

「やっぱり服を買おうかな。」

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最近は「今年の夏は、基本服を買い足さなくてもいいかな」と思っていたのに、です。やっぱりピカーと明るい店内の中にいると、ただでさえ年代的な違和感があるところに加えて、華やかな服のディスプレイを目の当たりにしては、やっぱり誘惑に引きずられるんですね。

さいわいに、ショッピングモールは若者向けの服ばかりなので、興味を引く服が売られていないことが幸いしました。だからそこで服を買うには至りませんでした。

一方で、家の中では「十分」と思っていても、街の中だと自分の印象が違うということはありがちなんですね。ではどっちが正しい客観的な見た目かといえば、街の中で見た自分なんですよね。

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ただしそれは追えばキリがないのが難しいところです。

「今年はもう、服を買い足さなくてもいい」

と思っていましたが、やっぱり昨年ヘビロテしたワンピースを今年も着るのは、

「ちょっと難しいかな」

と思ったのが正直なところです。昨年の服は劣化しているので、数はそんなに必要ないけれど、1セットか2セットくらいは散歩以上の服は合ったほうが良さそうです。

 ショッピングモールに行ったことで、「買わなくては」の刺激を受けたのは間違いありません。一方でこれは社会生活を営む上で必要な「ニーズ」なのか、それとも単なる欲である「ウォンツ」なのか。両者のジレンマにさいなまれながら感じた一件です。