簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きな事をして生きる暮らしの追及

50代は30代と思って暮らす・人生100年時代の50代とは



こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

・ミニマリスト的な暮らし方 ・家事を簡単にする工夫 ・お金に関する管理方法(筆者はFPです) ・世間に惑わされない生き方 ・・など。お役に立てたらうれしいです。

はじめに

私は現在55歳です。実は55歳というのは令和の時代以降において、実質的に30代だと考えて良いのではないかと思っています。

これは単に「若いと思って生きよう」的な意味ではありません。想定寿命を考慮すると、現在の50代は以前の30代くらいだということに気づいたからです。

もくじ

55歳は「アラカン」

ということは「アラフォー」の言い方ではなんと「アラカン」ではありませんか!アラカンということは「およそ還暦」です。赤いちゃんちゃんこ!いや~信じられません。

昭和の55歳は名実ともに「おばあちゃん」

数字的年齢は確かに55歳ですが、昭和40年代のころ近所の「おばあちゃん」は同じくらいの年だっただったことを思い出しました。当時は50代といえば、実際に孫がいて名実ともに「おばあちゃん」でした。

令和の55歳は、「おばあちゃん」にすらなれていない

ところが自分が実際にその年齢になってみると、第一に実質的な「おばあちゃん」にはなりそうにありません。

なかには孫がいて「おばあちゃん」にはなれている人もいますがね。こうしてみると、名実ともに確かな「おばあちゃん」は、なれているだけですごいのかもしれません。

現代版「負け犬の遠吠え」

昔、「負け犬の遠吠え (講談社文庫)」というベストセラー本が話題になりました。もしかするとあの世代が今では

「おばあちゃんになれているか、いないか」

でまた遠吠えしているのかもしれません。現代版負け犬の遠吠え「おばあちゃん」になれているか、いないかなのです。

昭和の時代は55歳くらいになれば、だれでももれなく実質的な「おばあちゃん」(子供が結婚して孫がいる)になっているものでした。

ところが令和の今は、それはけっこうレアなのかもしれません。

「人生わずか50年」から「人生100年時代」へ

現代は『人生100年時代』と言われています。かたや「人生わずか50年」という意味のことを言ったのは織田信長などで、

「人間五十年、下天(化天)の内をくらふれハ、夢幻の如く也」

が有名です。(他にも類似の発言した人は複数います)

ところが令和の今は「人生100年時代」です。倍に伸びています。ということは現代の55歳と昭和の55歳が違うと感じるように、実質的な年齢的意味も変化しています。

ということは昭和の感覚的50代と令和の50代が違うのは当然です。具体的には令和の50代は30代という感覚でいても何らおかしいことはありません。

人生の折り返しを少し過ぎた程度なのです。だから「もう50代」という感覚になるのはまだまだ早いのです。

30代と50代が同じような服装をする時代

それはそうと、現代の50代は数字のイメージとは全く変化していることに気付きました。

たとえば昭和40年代のころ、30代女性と50代女性が同じような服装をしているなんてありえませんでした。

ところが現代はユニクロ、GU、無印、しまむらなどがあり年齢に関係なく同じ服を買うことはめずらしくありません。

買うだけではなくて、実際に着るのです。50代が無理をしたり若作りをしているわけでは決してありません。

さすがに20代と50代は違う気がします。けれども30代と50代が同じ服装というのはおおいにあります。で30代と60代は半々くらいの感じでしょうか。あくまでイメージですし個人差はありそうですが。

さすがに70代が30代と同じ服装はしていないようですが、ということはその分岐点は、おそらく下は30代、上は50代くらいではないかと。

昭和の20代は老けていた 

そういえば20歳というと、昭和の20歳とはまるでイメージが違います。昔のテレビを見ても昭和のアイドルは16歳とか18歳で皆さん立派に独り立ちしていました。

すでに10代後半で大人の貫禄があり、20代となればいい方は悪いですが、もう老けていました。

さすがに16歳はまだあどけなさがありますが、18歳というとかなり大人な雰囲気でした。20歳越えなんてもう今でいう30歳くらいの印象でした。

現実的な年齢と実年齢は変化している

 

実年齢に対して、現実的な年齢が時代が進むにつれてどんどん上がっているのです。

  • その理由は第一に寿命がのびたことがあるでしょう。
  • 第二には結婚する年齢が上がっているか、結婚しない人が増えました。子供を産まない人もいるし、いても子供の数は少なくなっています。
  • 第三に女性の学歴も高くなっています。昔のアイドルは高卒でしたが、現代は大卒が普通です。アイドルでさえそうなので、一般の人はたいてい大卒です。大学に入れば当然、結婚する年齢も出産する年齢も遅くなります。学歴を手にすれば当然、男性に頼らなくても生きていけます。必ずしも結婚する必要もありません。

結婚の価値観の変化

現代ではむしろ結婚は両者の経済力などが同じ場合、女性の負担が大きくなります。現代は寿退社なんてことはしませんし、親の介護問題はどうしても女性に負担の比重が多くかかります。

とすれば無理して結婚をする選択をしない女性が増えるのは当然です。ただ、それでもまだ、世の中には結婚=女性の幸せという図式が根強いので、選択する人は多いのでしょう。

人生100年時代の50代女性の最大の課題は、肉体的な管理

とはいえ、どんなに寿命が延びても肉体的な変化はそう変わらないようです。栄養面は昔より良いでしょうからすべて同じではないでしょうが、それでも肉体的変化にはあらがえません。

人生100年時代の50代女性の最大の課題は、肉体的な管理にかかっているといえます。

それに比べて男性は肉体的変化が起きるのは70代くらいからともいわれています。たとえば女性は自分で注意しないと筋力は衰える一方でです。ところが男性70代くらい開始が普通のようです。

女性は産みの苦しみ(忘れてるけれど)を経験し、育児の大変さを経験し、「やっと自由の身になれたと思える50代では筋力低下しやすくてトレーニングが欠かせません。

もちろん男性も大変なことはあるだろうけれど、少なくとも痛みの経験の度合いは少ないと思います。定年後もまだ本格的に筋力がおとろえないのは身体的自由があります。

中身は55歳、見た目は30代

理想は中身は55歳、見た目は30代です。見た目ではなくて健康的な機能も30代であることを希望します。

私の場合は55歳くらいになってやっと内面も落ち着いてきました。けれども今度は体力がついてこない。体力がついてこないと行動範囲に制限がかかります。

やっと自由な感じになれた今、今度は体の自由が利きにくい不自由にさいなまれています。

この辺は個人差があるにしても、筋力が維持できれば現代の50代は昭和の30代と同等のみなすことが可能です。

「もう50代」

という昭和と変わらない年齢的感覚を持ってしまうと、調子が狂うことになります。そうならないためには、自分は30代という感覚を持ち30代相当の筋力と健康を維持する必要があります。

人生100年時代を生きるということは、それほどにけっこう大変ことです。

さいごに

「人生100年時代」

が真実であれば、身体的な機能も30代でなければなりません。果たしてそれが女性の場合現実的に可能なのかどうか。

確かに寿命は延びているので、現在の50代は昭和の30代くらいとみなしていいのかもしれません。

見た目と感覚は確かに全般にみんな若くなっています。けれども肉体的な傾向はおそらく女性の場合は変わっていないと思われます。

となれば見た目や気分、寿命の変化に加え、古来から変わっていない肉体的健康をどう維持していくかが女性の大きな課題となりそうです。