簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

「墓じまい」をしました



こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

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・世間に惑わされない生き方

・・など。お役に立てたらうれしいです。ツイッターも発信しています。

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我が家は昨年、「墓じまい」をしました。

墓じまいをしたのは、夫の実家のお墓です。

 

墓じまいをして、同じお寺の永大供養に移行しました。

同時に檀家も離れました。

 

墓じまいの理由は、夫の実家のお墓を管理することが、実質物理的に不可能だと判断したからです。

世間でも時折、墓じまいのことが話題になることがあります。

 

我が家でもずっと迷いを抱えてきました。

墓じまいに関しては、いろんな考えがあるでしょう。

 

また、自分の代でそうした判断をすることにも大きな葛藤がありました。

けれども、「先送り」はできない、と結論を出しました。

 

墓じまいの理由として、一番大きいのは物理的な距離の問題です。

墓地とお寺には、新幹線で行き、さらにタクシーで行かなければなりません。

 

墓じまいのことを考えている人が、一番悩むのはおそらく以下のことだと思います。

  • 自分たちの気持ちの整理
  • 身内の反対の有無の懸念
  • お寺との関係の不安
  • 墓じまいによる金銭的なことの不透明性の不安
  • 一連の手続きの不安

まず、自分たちの気持ちの整理ですが、これは本当に悩んだし迷いました。けれども、最終的に現実を優先することにしました。

現実とは、

  • 物理的な距離の問題
  • 私たち夫婦も年を重ねつつあること(将来、遠方に行くのは大変になる)
  • 息子が私たちの出身地に関わる可能性はない

などです。

私たちが身動き取れなくなる前に、いい加減に結論を出すことにしました。お寺は地方にあり、離れています。さらに今はコロナの影響もあるので、そう何度もお寺に行けません。

昨年、緊急事態宣言が解けたタイミングで、夫が事前にお寺に電話で相談をして打合せをしました。あとは後日、夫がお寺に出向きました。

費用や供養は、その時タイミングで直接お寺にお渡しました。工事費用などは、後から見積書を郵送して頂き、振り込みをしました。

墓じまいに関しては、それなりの費用も必要です。総合的な金額は、常識的なものでした。ただ、相場並みの費用とはいえ、それなりの費用はかかりました。でも、それはいずれ、何らかのまとまった費用が必要なことは、想定して準備をしていました。ですので、家計の支出としては特に問題はありません。

墓じまいに関しては、永大供養に移行するためのお寺へのお布施等と、業者さんに墓石の撤去や墓地の整地等の工事費などを支払いました。(+自治体役所に、届け出関連の手数料が少し)当然、まとまった費用はかかりましたが、一般的な相場程度で済んだと思います。

巷で聞くような「法外と思える高額な離檀料を請求された」とか、「トラブルに発展した」・・みたいなことは一切なく、スムーズに進みました。これもひとえに、住職さんのおかげでもあり、感謝しています。

お墓のことは、デリケートな問題です。けれどもいつかは誰かが結論を出さないと先送りでは結局、子供や子孫が戸惑います。

推測ですが、わが家が行ったように、墓じまいをして離檀しても、同じお寺の永大供養に移行するだけなら、比較的スムーズかもしれません。一方で現在のお寺に永大供養のシステムがない場合もありますし、それ以外の方法をとる場合はまた違うと思います。

いずれにしても、まずはお寺に「協力してもらう」という姿勢で、あくまで穏便に相談(打診)して様子を見ることも必要そうです。

数年前から、墓のことは夫と何度も話し合い、情報を集め、それこそ何度も何度もいろんな方法を考えてきました。

何が正解かは誰にもわかりません。今回、私たちは「墓じまいと永大供養」という結論を出しました。

それがどうなのかは、賛否両論あるでしょう。けれども生きている私たちには、可能なことと、そうでないことがあります。

結果として、このような結論を出しましたが、さんざん考えました。けれども、これ以上の「先送り」はかえって大変になると判断しました

昔は生まれた地で暮らし、一生をそこで生きていたことでしょう。長男が家を継ぎ、墓を継承していくのは自然な流れだったはず。

ところが現代は、我が家のように生まれた地を離れ、親とも離れ、墓だけがそこにあるという状態の人が相当いることでしょう。

そうした現実とのギャップに、どう対応すればよいかについては、個々の数だけ選択肢がありそうです。

これまで、墓のことが決まらないうちは、無意識レベルで脳のキャパを占めている感じでした。こうした小さなことも、慢性的な疲労につながります。今回は、何とか私たちにできることをしたことで、少しは気持ちが楽になれた気がしています。