はじめに
今回は、著名な社会派ブロガー、ちきりんさんの新刊、
自分の意見で生きていこう――「正解のない問題」に答えを出せる4つのステップ
・・の紹介と感想です。
もくじ
- はじめに
- もくじ
- 「自分の意見を持つこと」って、何がおいしいの?
- 中学生でも理解できる、わかりやすい内容
- そもそも意見って何?
- 「正解がない」ところからイノベーションがおきる
- 「意見」と「反応」の違いを理解する
- 意見を言わない人は、インフルエンサーになれない。
- 「生きづらさ」は意見を持つことで解消できる
- 意見を言うのが怖い人について
- ブログや書籍で発信する側になって変わったこと
- さいごに
「自分の意見を持つこと」って、何がおいしいの?
この本は、「自分の意見を持つこと」の重要性を説いた本です。でも、意見が大事だと言われても、「なぜ?」と思いますよね。
本書を読み進めてくうちにわかりますが、「自分の意見を持つこと」は極論を言えば「しあわせになる」ことに通じることがわかりました。
少なくとも私は、そのように解釈しています。これはメリットどころではない。かなり大事なことを、たった一冊の本を読んで得られることができてしまうのです。
中学生でも理解できる、わかりやすい内容
しかも、本書は300ページもあります。一見してボリュームがすごいのですが、不思議に読む負担は全く感じません。
それはなぜかというと、むずかしい言葉や言い回しは一切なく、中学生でも十分理解できる内容に仕上がっているからです。
「中学生が理解できる」
と言うと、誤解を生みそうなので補足します。子供が理解できる文章を書くことは、大人が理解できる文章を書くよりもはるかに難易度が高いはずです。
同時に、もし中学生くらいの頃から本書のような本を読む機会に恵まれれば、今後の人生をより良く生きる重要なきっかけになるでしょう。
さらにわかりやすい文章は、多様な年代や立場の人の「読むハードル」を下げます。結果として多くの人が、「自分の意見を持つ重要性」に気づくことができます。
そういう意味でこの本は、思いやりにあふれた本なのです。このような気配を感じつつ読み進めました。ところがページが終わりに近づくにつれて、名残惜しい気持ちになりました。・・と同時に、
「自分も堂々と意見を発信するようになろう」
あらためて、そう決心したのでした。
そもそも意見って何?
世の中のあらゆる問題は2種類しかない
私たちは普段、「意見」と簡単に口にしています。ところが、本書を読むと実は意見が何かをよく理解していないことに気づきます。
世の中のあらゆる問題は、
- 正解のある問題
- 正解のない問題
のいずれかに分類されるそうです。
「意見」は「正解のない問題」の考えを発する行為
意見とは、そもそも「正解のない問題」についての考えを発する行為だそうです。一方で「正解のある問題」に対しての意見は持てないということが指摘されています。
例えば「正解のある問題」の例として、本書では
- 2+2はいくつか
- 10÷4はいくつか
- コンロ周りのアブラ汚れを取るにはセスキとクエン酸のどちらが正解か
- カードの支払いをリボ払いに変更した場合の金利がどのくらい増えるか
・・
などが挙げられています。
このような「正解のある問題」は「正解」か「誤答」しかないとのこと。このような場合、「だれも『自分の意見』を持てない ことが説かれています。
「答えがない問題」に正解はない
一方で「答えがない問題」に関して「正解はない」ということです。
- 転職すべきか
- 上京すべきか
- 結婚すべきか
・・
といった個人的な選択にはじまり、
- 消費税をもっと上げるべきか
- 正社員の金銭解雇を合法化すべきか
- 移民を受け入れるべきか
といった社会的な問題は、「正解はない」ということが改めて記されています。私たちはうっかりすると、どんなことにも「正解がある」と誤解してしまいます。
けれども、正解がない問題に対する意見について「正解か不正解か」の反応をしてしまう現象がある。
本来、「正解がない問題」に対しては、それぞれが考え抜いてそれぞれのポジションを明確にして意見を交換しあうもの。
世の中で交わされる一見「意見」に見える実は単なる「反応」のバトルは、何も生まないから要注意なのだと気づかされました。
「正解がない」ところからイノベーションがおきる
本書では学校教育をはじめとして、正解がある教えに慣れてしまう弊害を解いています。確かに世の中の多くのことに、正解はありません。そしてそれが多様性につながり、人類が発展を遂げてきたと説かれています。
確かに学校でも社会でも、私たちは「こうあるべき」に慣れすぎています。また、本来は自分で考えなければならない問題についても、本書で取り上げられているようにインフルエンサーの考えに安易に同意してしまう傾向も目立ちます。
「意見」と「反応」の違いを理解する
本書では「意見」と「反応」の違いを挙げています。同時にSNSをはじめ、会社の会議のような場でさえ、意見ではなく単なる反応をしているに過ぎない例が描かれています。
意見と反応を見分ける重要なポイントは「ポジションが明確になっているかどうか」ということです。
同時に著者は、例えばSNSではあまりに多くの「反応」だけがはびこっていると指摘しています。本来は多大なエネルギーが必要な意見に対し、単なる反応はエネルギーを使いません。つまり楽です。
だからSNSでは多くの意見がぶつかり合ってるかに見えるけど、実は少数の意見対に対し多数の反応があるだけだそう。
また、本書では「一見かっこいい反応」のフレーズの例が挙げられています。
- そう?そうとも言えないと思うけど
- それって、現実がよくわかってないと思うよ
- そんな考え方するなんてびっくりです
これらはポジションが明確でないから、単なる反応ですが、なんとなく知的に見えてしまうフレーズなのだそうです。
こうしたことを発している本人も意見を言っているつもりになり、反応しかしていないことがあるというから、注意しなくてはならないと思いました。
そしてインフルエンサーと普通の人の最大の違いは、自分の意見を言っているかどうかであるということです。
意見を言わない人は、インフルエンサーになれない。
また、人々はこうしたことを、ある種本能でかぎわけているということです。確かにインフルエンサーが自分の意見をあいまいにしていることはありません。何らかの方向性をはっきり主張しています。
「生きづらさ」は意見を持つことで解消できる
また、「生きづらさ」を自覚する人が多い傾向の昨今ですが、それは自分の意見を持つことを封じ込めていることも一因にあるでしょう。
例えば、「意識高い」という言葉が表すように、何らかの問題に対して、深く自分の考えを主張するような人を、よってたかって叩き潰す風潮があります。
何かに対して真剣に考えているだけで、それですら個人を非難する材料にされてしまうのです。こうした現象は、自分の意見を持つ前に「持ってはいけない」と、自ら恐れを抱き、手放してしまう人が多くならざるを得ないでしょう。
意見を言うのが怖い人について
また、本書では「意見を言うことが怖くてできない」ことの対処法について触れています。著者が言う結論は、
「もっと自信をもとうよ!」
です。そのためには考えつくすことが大事だそうです。遠慮がちな発言を見るともったいないと感じるそうです。
確かに考えつくせば、「自分の考えはこうだ」と自分が出した答えに自信を持つことができます。そしてそれに正解はないのですから、結論は自分が出すことしかできません。
ブログや書籍で発信する側になって変わったこと
ちきりんさんには及びませんが、私もブログを書いて発信をして、2冊(文庫化、海外のぞく)ですが書籍を出させていただいたことがあります。
そうした経験をすると、必然的に発信する側の視点に立つことになります。ブログも書籍も、何らかの意見を表明する行為です。
結果として、自分の作品(ブログ、書籍)に対する反応や意見を目にすることになります。当然ですが、人が抱く感想は様々です。
けれどもそれが単なる「反応」で、決して好意的なものではないとしても、誰かが私が書いた物を読んで「何か(レビューなど)を書かずにいられなかった」事実が重要だと考えています。つまりは、
「読者さんにある内面の何かを揺り動かした。」
と解釈しています。もちろん、できれば単なる「反応」ではなく、ちきりんさんが言うようにポジションを明確にした上で、きちんと「意見」を書いて欲しい。
ところが書いてある文章を読むと、表面化されていないけれど、その背後に見え隠れしているレビュアーさんの苦悩などが、うっすらと見えてることがよくあります。
それらの文章は多くが匿名です。けれどもたとえ短い文章で、本人が自分の素性を隠したつもりでも、だいたいどういう人なのかは推測ができてしまいます。「書く」すなわちこの場合は、意見でも反応でも、何かのアクションを表明することは、ごまかしが効かない行為だと常日頃痛感しています。
また、「反応」しかできなかったということは、相手もまた弱いポジションにいる表れでもある。誰もが自分に弱い部分がありそれを知っているし時に苦悩することもあるでしょう。つまり「反応」も、読者さんが求めることを知るきっかけになります。
もし、自分がブログなどを発信していなかったら、このような気づきは決して得られなかったはずです。
確かにこれこそが「意見を発する効果」であり、リスクをとって意見を表明した人にしかわからないことです。
さいごに
このブログを始めたとき、決心していたことがあります。それは自分の考えをあいまいな表現でぼかして逃げないことです。
けれども時に気が弱くなるとつい、あいまいな言い方に逃げてしまいたくなることがありました。けれども今後は、そのような表現はやめようとあらためて決心しました。
ただ、そのような「ぼかし」を入れない表現をすると、人によっては、強すぎる表現に感じたり、意識高すぎてなんか「イタイ」と感じる人もいるようです。
それはおそらく、直接的な言い方を避けるのが一般的だからでしょう。けれども、この本に書いてある通り、そういう日本特有の「空気」では今後の長い人生を生きていく足かせになるでしょう。
ところが本書を読み、「自分の意見を持つ重要性」に気づくことができました。結果として、それが生きやすくなることにつながり、しあわせに生きることだと痛感します。
著者のちきりんさんには、このような本を書いていただいたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。ぜひ、みなさんもこの本を読んでいただくことをおすすめします。