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ちゃくまのブログ。50代女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

『アドラー 性格を変える心理学』書籍感想・書評・ブックレビュー



こんにちは ちゃくまです。

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はじめに

突然ですが、質問です。

「自分の性格が好きですか、それとも好きではありませんか?」

それではもう一つ、お尋ねします。

「性格は生まれつきのものではなく、自分が選んだものです。」

と聞いたら、どう思いますか? 

今回は、「自分の性格を変えたい」と思っている方、「どうしてあの人は、あんな言動をして私を困らせるのか」などについての答えが見える、ベストセラー嫌われる勇気でおなじみの著者が書いた、アドラーの心理学をベースとした本を紹介します。

もくじ

本書の背景

 本書は、アルフレッド・アドラーという1,870年~1,937年に活躍していたオーストラリアの精神科医兼心理学者の書籍をベースに、哲学者である著者(岸見一郎)が解説を加えつつ独自の見解を加えた内容です。同時に2020年にNHK文化センターで行われた講座がベースとなっています。

著者の見解もあり、内容をアドラーに依存しているものではありません。例えば時代の影響があると思われる点なども、丁寧に説明されいますので、安心して読み進めることができます。

本書には30の性格についての解説がされています。これだけあれば、自分の性格や気になるあの人に近い性格も見つかるはずです。

性格は生まれつきのものではない

「私って、だらしない性格だから~片付けられないのよねえ~」

例えばこんな言い方をしたり、聞いたりすることはよくあります。これは「性格は生まれ付き備わっているもの」という暗黙の思い込みがあることが反映されているわけです。

こういう言い方に、異を唱える人はあまりいません。ということは多くの人が「性格は変えることができないし、生まれつきのもの」と思っていることになります。

性格は自分が目的を持って選んだもの

ところがおどろくことに、アドラーはこうした考えとは違う見解をしています。つまり「性格は生まれつきのものではなく、目的があり自分で選んだもの」というのです。

たいていの人は思っています。「自分は自分の性格がきらいだ」と。ところがなんと、嫌いなはずの自分の性格は、自分が目的をもって選んだものだというのです。

そして重要なのは性格と「その人」は違うということです。本書のたとえを引用すると

自分は自分ではないということ。自分が性格を選択するのであって、性格が自分なのではない。自分が性格を選んでいるのです。

~中略~

パソコンが自分で、OSが正確です。

同時に性格は「ある目標に向けられた動き」なのだそうです。例えば人間関係で傷つきたくないから「消極的で暗い自分」という性格を選ぶ。そうすれば人と関わって傷つかずに済む・・という具合です。

印象に残った「5つの性格」別解説をピックアップ

それでは本書から、特に印象深かった5つの性格をピックアップしました。

控えめな性格

アドラーが「防衛型の性格」と分類した性格の分析です。アドラーはこれらの性格を「敵意ある孤立」と位置付けています。

  • 控えめな性格
  • 不安になりやすい性格
  • 臆病な性格

不安になりやすかったり、臆病だから課題から逃げるのではなく、課題から逃げるためにこれらの性格を選んでいるという見解を示しています。

控えめな性格

おどろくのは、「控えめな性格の人」が、実は敵意を持っているという点です。もっとも、攻撃型の性格の人と違い、直接的に害はない。けれども、例えば人が集まっているときに孤立をしていると、周りの人は気になってしまう。結果として回り道を取る形で周りの人を不快にする。だから敵意を持っているということです。

人とのつながりを断てば、「摩擦がないから楽で生きやすい」と考える人がいる一方で、そもそも幸福は他者とのかかわりの中でしか得られない。つまり不安になりやすい人は、他者との関係に入ろうとしていない、といいます。

普通は控えめにしている人のことは、気を使うことがあっても、言及されることはめったにありません。けれども確かに、大勢がにぎやかにしているとき、一人ポツンとしている人がいると、私たちは逆に気を使います。

つまり控えめは、他者に余計なストレスを与えてしまうわけです。こういう時はたいていの場合、孤立している人ではなく、にぎやかにしている人の「気遣い」の是非が問われやすい。ところがアドラーは厳しく「控えめにしてる人」のことを言及しています。

不安になりやすい性格

「不安」と「恐れ」をアドラーは同じ意味として扱っているそうです。不安を感じているときはすぐに行動に出ていない。つまり不安という感情を作り出し、課題から逃げようとしている。このような人は好んで過去や死のことを考える。死のことを考えて直面する課題から逃げるということです。

卑屈な性格

自分を相手より下に置こうとする性格のことです。

おどろくのは「ほめられたい子供」は卑屈なのだそうです。これは自分を家来や子分にしてほしいということだそう。

また卑屈な人は自発性がない。他人に注意を向けるけれどそれは熟考するためではなく、無条件に同意して実行するためだそう。

 

ほめられて喜ぶという現象を目の当たりにすると、違和感を覚えていました。その理由がよくわかりませんでした。ところが「ほめられたいということは、卑屈である」という見解を知って、合点がいきました。

本来、ほめられたのであれば、単なる音声としての言葉を事務的に受け取り、建前上「ありがとう」くらいのお礼を言えばいい。そこに自分の感情が左右される意味は、ひとつもないことが、あらためてよくわかりました。

「他人に注意を向けるけれどそれは熟考するためではなく、無条件に同意して実行するため」については例えば、インフルエンサーと呼ばれる人の、SNSなどでアップされる衣類やアクセサリーが、瞬く間に話題になる背景が、ちょうどそれにあたりそうです。

不運だと思っている人

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いろんな人がいるなかで、いわゆる「不幸自慢」ではないかと思うことはあります。これは屈折した虚栄心とのことです。「自分が出来事の中心であると思いたい」という意味から虚栄心のある人なのだそうです。

同時にこうした傾向のある人は、他者を仲間とみなさず、この世界は危険なところだと思っている人が多いそうです。

「この世は苦しみに満ちている」という考えから、「この世界には自分を助けてくれる人がいる」という見方ができるようになる。もしくは自分から助けを求めていいと思うこと。そうすることで、もう少し楽な生き方ができるようになるといいます。

怒りについて

「情動は自分の意思を通すために使われる」のだそうです。つまり例えば「部下のためを思って叱っている」のでも「子供のため」ではないということです。怒り(大きな動き)は相手に「やむを得ず従おう」とするケースが多いので即効性があるのですね。

けれどもこうした言動の理由は、不足感と劣等感だといいます。自分が他者よりも優位に立つ、支配して自分が優れていると思われたい。これが「優越性の目標」だそうです。

大きな動きや大きな声を出す人といえば、しばしばリーダーシップのある人と混同されがちです。リーダーが優秀なことは必要ですが、優秀と思われるために情動を使う必要はない。情動を使うことでしか「すごい」と思われない人が情動を使って目標を達しようとするそう。例えば「女のくせに、黙ってろ!」とか「この数字はなんだ!」と叱責する上司・・のような大声を上げる人などがそれにあたります。

けれども実のところ、このような人は自分に実力がないことを知っている。だから女性に大声をあげたり、部下を罵倒するような人は無能を見抜かれないように怒りをぶつけるのだそうです。

ところが意外なことに、アドラーは「優越性の目標」を否定はしていないそうです。怒りにも種類があるからですね。

例えばパワハラやセクハラなど人間の尊厳を侵害されたら怒りという感情は正当化され、認められるといっているそうです。

一方で感情に任せて女性や部下を叱りつけるような行為は正当化されないということです。

一般的に、このような「正当化できる怒り」と「正当化できない怒り」が「怒り」にひとくくりされ混同されているような自体があると思えます。これらを混同しないで判断することが必要ですね。

相手から受けた怒りが、正当なものか否かを判断して、自分の心を無駄に消費しないようにしたいものです。

悲しみについて

悲しみには「優越性の線」があり、相手役がいるとアドラーは説いているそうです。さらに悲しむ人は他者を非難する告発者だということです。

簡単にイメージできるのは、例えば幼い兄弟が遊んでいる場面です。4歳の兄が、2歳の弟のおもちゃをなんらかの理由で取り上げたとします。すると2歳の弟はたいていの場合、大声で泣き叫びます。すると、キッチンで食事の用意をしていた母親は、飛んできます。同時に2歳の弟は、兄とおもちゃを指さしてさらに大きな声で泣き叫びます。

この状態は、例えば弟が、泣く、嘆くという爆発をして母に対して告発をして、批判をしつつ母に裁判を求めているわけです。同時に兄よりもズルをしていない自分という一段高くなれる効果があります。

大人の事例でもこれは同じで、「あなたがこれほどに私を悲しませた」と相手を非難したいのだそうです。同時に相手に「ほうっておくことができない。奉仕しなければならない。」と相手に感じされる。悲しむ人は悲しんで見せることで優越感を保てるのだそうです。

悲しむ人を周りの人は放っておけなくなります。悲しみは相手に奉仕させる役割を作るので相手を搾取の対象にしているとのこと。

同時にこうしたことでうまく言った経験をしてしまうと、いつまでも悲しみから脱却できないのだそうです。つまり悲しみも人を引き離す情動だということです。

 著者はどんな方?

アドラー 性格を変える心理学 (NHK出版新書 648)

アドラー 性格を変える心理学 (NHK出版新書 648)

  • 作者:岸見 一郎
  • 発売日: 2021/03/10
  • メディア: 新書
 

 岸見一郎

1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。京都教育大学教育学部、奈良女子大学文学部(哲学・古代ギリシア語)、近大姫路大学看護学部、教育学部(生命倫理)非常勤講師、京都聖カタリナ高校看護専攻科(心理学)非常勤講師を歴任。専門の哲学に並行してアドラー心理学を研究、精力的に執筆・講演活動を行っている。

アマゾン商品紹介ページより引用

さいごに

性格に関する本は多いと思います。アドラーの心理学をベースにした本書ですが、相当な昔に書かれた内容とは思えない見解に驚きました。

また、性格は生まれつき備わったものではないという点までは「そんなこともあるだろうな」という気持ちでしたが、「性格は私たちが目的をもって選択したもの」という解釈におどろきました。

けれども確かに、全肯定というわけではないけれど(「生まれつきのもの」だとも思わないけれど)、そういう解釈もありえるかもしれません。

また、なんとなく違和感があると感じていたことが、本書を読んで「なるほど、そういうことか」と納得できたことがかなり多くありました。

もっとも著者同様に、確かに私もすべてに賛同したわけではなく、なかには「これはどうなんだろう?」と思った内容もあります。

けれども、本書を一通り読んでおけば「自分や家族や身内や同僚や友人知人など気になる他人」の言動について「なぜ、そういう言動をするのか」の理由がわかり対処するヒントになりそうです。

家庭に救急箱を一つ置いておくと安心なように、一度この本を読んでおくと多様な人との向き合い方の良いヒントになると思いました。