簡単に暮らせ

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『内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える』書籍感想・書評・ブックレビュー



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はじめに

今回は、「自分は内向型だ」と思っている方に読んでいただきたい本を紹介します。一般に現代はコミュニケーションの力が大事だとしばしば言われています。

さまざまなことを頑張っても、いざとなると最終的な「コミュニケーションの壁」にはばまれて、がくぜんとした経験はないでしょうか。

けれどもこの本を読めば、内向型人間の能力がすごいことに驚きを覚えるはずです。

もくじ

外向型人間が理想化された背景があった

これまで私は、内向型人間であると思っていました。同時に物心ついたころから、そして小学校に入学したあたり以降は特に、「外向型であること」は好ましく、「内向型であること」は好ましくないので、改善して克服しなければならないと思ってもいました。

ところが、その価値観自体が疑問符であることが、本書を読むことで知ることとなります。

外交的性格と内向的性格があれば、内向的性格はなぜ改善したり克服する必要が出てきたのでしょうか。

それは、本書によれば、社会全体の傾向が、『農家の少年からセールスマンへ』のように、かつては農村で限られた人とのコミュニケーションで済んでいたことが、不特定多数とのビジネスが不可欠になったことと密接な関係があるとされています。

つまり、かつては生まれ故郷で顔なじみの特定の人としか生涯会わずに住んでいた社会が、世の中の状況が変わり、不特定多数の人とのコミュニケーションが不可欠になったからだったというわけです。

そのような状況では外交型人間が必要とされますが、それと性格の良しあしではないということには、注目しておきたいことです。

 内向型人間が現代で生きにくいわけ

多数派の感情を前面に出しまくる5歳児を目の当たりにする

私が集団というものを初めて目の当たりにしたのは、5歳のときでした。幼稚園に入園したからです。当時の記憶は今でも鮮明にあります。

そのとき子供ながらに感じたのは

「なんてこの子たちは、こんなに誰もかれも自己主張が強くてうるさいんだ!」

ということ。

ワーワーギャーギャー叫んでいたかと思えば、「せんせえ~~!」と叫ぶ子、「おがーさああ~~ん」と泣き叫ぶ子。

ま、要は誰もかれもが自分の感情を丸出しにしていたわけです。一方で驚いたのは、そんなにも自分の気持ちをダダ洩れにしている子が圧倒的多数だという現象です。

感情を表に出さないと扱いにくい

5歳にして、そんな「フツー」を初めて見た私は、一方で「せんせい」から「扱いにくい子だなあ・・」と、内心思われていたことも、察していました。

おそらくですが、感情丸出しの子たちはある意味、何を考えているかわかるから、手はかかるけれど扱いやすい。けれども、私のように、自分の感情を内面にしまってしまう5歳児は、何を考えているかはわかりにくい。当然、「先生」は面倒臭かったと思います。でももちろんですが、私は一度も先生から怒られるようなことはしなかったし、やりようがありませんでした。

感情を表に出さない人は生きにくいのかも

ただ、初めての集団生活で唯一頼りになる存在の「せんせい」から、あまり快く思われていない気配を感じてしまったのでした。さすがに嫌われるとまではいかないけれど、かわいがられることはない。

つまりこれが人生で最初に感じた「生きづらさ」だといえます。感情を表に出さないと生きにくさにつながるのかもしれません。

HSPが認知されてはいるけれど

HSPを克服する必要はないと思っている

もっとも、最近はHSPという言葉が認知されるようになり、性格が内向きよりな人の傾向を理解しようとする動きがあります。

ちなみにHSPとは、HSP(Highly Sensitive Person)ハイリー・センシティブ・パーソンといい、生まれつき「感受性が強い、敏感な気質もっている」という意味です。

私がHSPかどうかですが、ざっくり出版されている本を読んでみたところ、大体当てはまると思うので、おそらくHSPなのでしょう。

けれども意外に思われるかもしれませんが、私はHSP的性質を持つこと自体に何も問題を感じてはいません。同時に、この性質を無理になおそうとも思いません。

ストレスを抱えないように注意するだけ

たとえHSPが少数派だとしても、それが問題というわけではないと考えるからです。ただ現代がHSPの人が少数派で、しばしば浮いてしまいやすいことはあるから、その点は注意して自分がストレスを抱えないようにすればいいと考えるだけです。

HSPと内向型人間がイコールかそうでないかと、そもそもの視点の位置関係が違う可能性はあります。とはいえ、どちらもざっくりとした傾向では共通することがありそうです。

内向型人間はHSPである確率が高そうだし、HSPは内向型人間である確率も高そうです。共通しているのは、どちらも現代社会では生きにくいことです。

内向型を克服する必要があるのか

今、世の中に出回る情報の多くは「どうすれば内向型的傾向を克服できるか」についてです。つまり内向型的傾向は、現代を生きる上では圧倒的に不利です。

一応断っておきますと、私は内向型でHSP傾向があると自覚していますが、例えばかつて仕事をしていた時には、その傾向が足かせになることもなく、普通にかわしていました。なぜ、そんなことが可能だったかというと「仕事だから」です。

確かに他人に対して言葉を交わしあったり、笑顔を振りまいたりというようなことは、長時間に及べば疲れます。けれども「仕事」であればそれはその範囲内です。仕事に必要な愛想笑いも言葉遣いも、すべて仕事のうちだと思うから、それ自体はたいして苦ではありませんでした。

私は内向型人間ではないらしい

 さらにこの本を読み進めるほどに、内向型人間がいかに素晴らしいかを知ることになります。ところがここで、皮肉なことに気が付いてしまいました。

それは

「もしかして、私って内向型人間じゃないのでは?」

ということです。

5歳のあの時から、自分は内向型人間だと(5歳の時にそう思っていたわけではありません)思ってきて来ました。ところが、この本で内向型人間の優秀さと存在意義を知るにつれ、

「私は外向型人間なのではないか?」

というまさかのオチが待っていようとは、夢にも思いませんでした。でも私は1人で行動するのが好きだし、やっぱり外向きとも思えないのですが、この本が指し示す「内向型人間のすばらしさ」を読むほどに、やはり私は「外向型人間かもしれない」と、喜んで良いのかどうかわからない展開に戸惑っています。


 

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さいごに

内向型人間が、いかにすごいかということを、この本を読めば知ることができます。何かといえば、コミュニケーション能力が必要とされる現代において、救世主のような本です。

ところが皮肉にも、この本を読み進めるにあたり「私は内向型人間ではないのでは?」ということに思い当ってしまう現象が起きました。

この本を読む前であれば、それはうれしい発見でした。ところがこの本を読んだ後の今となっては、心から喜ぶことができないのです。

同じように、自分を内向型人間だと思う方はぜひ、この本をよんでみることをおすすめします。もしかすると、私のように違った価値観に気づくかもしれません。