
はじめに
今の時代、情報は山のようにありますが、一番身近な「口コミ」ほどあてにならないものはありません。
今の世の中を生き抜くには、「いかにして口コミをかわすか」に尽きるのです。
口コミの役割
ただし、口コミのすべてが無意味だというわけではありません。口コミがもっとも効力を示し、与える影響、それは「空気」です。
口コミとはつまり、その場の雰囲気や大勢が考える傾向、それを知ることができる点にあります。
また、通販の「口コミレビュー」は、それなりに参考になります。実際にその商品をお金を出して買った人の感想なので、同じように自分も感じる可能性はあるわけです。
昭和のネットが一般的ではなかった時代と違い、広告でどんなによさをアピールしても、実際に使用された「口コミ」は大きな意味があります。
ただし、通販の口コミも、実は「空気」が真実を封印してしまうことはあります。だからその辺は重分に見極める必要があります。この件は後ほどお話しします。
地域の学校、病院、美容院などの口コミは役に立つか
現代でも、ネットなどに口コミが上がらない分野があります。それは地域の学校や病院、美容院など、せまい範囲の口コミです。でも、私たちにとってもっとも身近で重要な分野です。
もっとも最近は、美容院や病院はネット上にある程度の情報が上がることはあります。ただ、その数は決して多くはありません。そのため、そうした口コミは「たまたま」である可能性もあります。
ただ、少ない口コミでも、それが「たまたま」とも言い切れない場合もあります。むずかしいところです。
ママ友、ご近所さんの口コミは役に立つか
ママ友やご近所さんの口コミについて、実際は「これがないと始まらない」ということは多いでしょう。
この件について、筆者は両面の結論を持っています。というのも、子育て期の時期に複数の引っ越しをしたため、そのたびに様々なママ友やご近所さんの口コミを目の当たりにしたからです。
一方、子供の年齢が上がるにつれて、このような(ママ友、ご近所さん)交流は意図的に減らしていきました。それは気楽な反面、口コミが一切入らないという情報不足ともいえる環境になります。
このように、口コミがある環境から、口コミがほとんどない環境に変化した経験もあるため、結局のところ「口コミはどの程度役に立つか」という自分なりの見解を得るにいたりました。
口コミは伝える人の状態がすべて
結論を言うと、口コミは「誰が言うか」がすべてです。結局のところ、口コミは伝える人のフィルターがかかっています。
だから同じ状態でも、伝える人の視点で結論が180度変わります。だから情報数、つまり口コミが少ない場合は、伝える人の人柄や置かれている立場などをよくよく見ることが前提となります。
特に普段から、ネガティブ寄りの口コミを発する人は見極めが大事です。ただ、若い年齢の時は、その見極めが下手です。
一見、親切で良さそうな人でも、しばらくして正反対の正体を見ることもあるでしょう。また、人によって態度を変える人もいますから、その辺は要注意です。
ほかには単純に、感じ方の違いや状況の違いで感覚が違うことがあるのは当然です。
「囚人のジレンマ」の結論を応用する
相手が本当に有益な口コミを流しているか否か。この見極めは難しいのですが、ひとつのほうほうがあります。
そもそも、相手の本性なんて本人でさえわからないものです。人は善悪の人柄があるわけではありません。
その状況で、善になったり悪になったりするのです。状況がそろえば、普段は善良な人も悪に代わることもあるのが人間という弱い生き物です。
有名な「囚人のジレンマ」を知っていますか?
「囚人のジレンマ」は、2人が協力すれば良い結果になるのですが、それぞれが自分の利益を優先してしまい結果、相手を裏切り、二人とも最悪の結果になるという状況をあわらす究極の選択の話です。
「囚人のジレンマ」
2人の共犯者(AとB)が、それぞれ違う部屋で、取り調べを受けます。2人は、それぞれ「自白」か「黙秘」を選べます。
2人とも黙秘した場合は、 2人とも軽い刑で済み1年の懲役で終わります。
片方どちらか一人Aが自白し、もう片方のひとりBが黙秘した場合、 自白した方は無罪、黙秘した方は重い刑で30年の懲役です。
AB2人とも自白した場合は、 2人とも重い刑ですが、7年の懲役です。
さて、囚人はどうすればいいのでしょうか。
知人との「口コミ」をどう信じるか
身近な人の「口コミ」の場合、はじめは相手がどういう意図を持つかわかりません。よくドラマなどでは、はじめは信じて仲良くしていた友人などに、ことごとく裏切られてひどい目に遭う話がありがちです。
でも、実際はそんな風に、相手を疑惑のまなざしで見て付き合うなんて、悲しいですよね。とはいえ、ひどい目に遭うわけにもいかない。
「ひどい」までいかなくても、よくわからない相手のことに対応するときは、良い方法があるのです。
初回は相手を信じる
「囚人のジレンマ」のように相手の出方がわからない場合、初回は相手を信じることです。ただしケースバイケースなので、初回でも「おかしいな」と感じたらそれは優先してくださいね。
そして2回目以降は、直前に相手が出たとおりに行動するだけです。
初回は相手を信じ、相手が善意で接してくれているという前提でのぞみます。ですが、その初回がいつわりなどであった場合、2回目以降は初回の相手の行動の通りに行う・・と言っても悪意を持って接するわけにはいきませんから、信用しないほうがいいということになります。
初めから口コミを仕入れないケース
一方でそもそも、初めから口コミを仕入れないケースも可能です。その代わり引っ越した先での情報が入らなくなります。これは一見、無理があるように思うでしょう。
けれどもその代わり口コミはもともと、相手のフィルターがかかっています。またまれに相手に悪意があるケースもゼロではありません。
となれば結局、狭い範囲での場合においては口コミによるメリットというものはほとんどないような気がしてきます。
この場合は口コミに頼るのではなく、はじめはシンプルに自分で判断して利用する。そして問題なければ次回も続けて利用する。何かおかしいと思うことがあれば他を探す。
幼稚園などはそう簡単に転園しにくいですが、病院や美容院や塾選びくらいであれば、それでも問題ないでしょう。
「口コミに頼りたい」という傾向が透けて見えると付け込まれる
身近な範囲での口コミを利用するかどうかを考えた場合、「口コミに頼りたい」という依存的な傾向が見えると、そこを突かれます。
だから結局は口コミに頼らず、自分でバイアスゼロの状態で挑むほうがシンプルで明快なのです。
多数の「口コミ」も空気に左右される
上記では地域のごく狭い範囲での病院、美容院などの口コミの信ぴょう性に関する話をしました。
一方で冒頭で触れた大手通販サイトなどの口コミは多数の意見があれば、それは本当に正しいのでしょうか。
結論を先に言うと、実は通販の多数の意見が並ぶ口コミも、「空気」が真実を封印してしまうことはよくあります。
先に書かれた「口コミ」の空気に左右される
通販の口コミは一時問題視されたサクラレビューの存在はもちろん、無視できません。ただ、それとはまったく別に、本物の口コミであるにもかかわらず、真実が多少ゆがめられてしまう現象があるのです。
それは多数の先に書かれた口コミが、ポジティヴであるものが多いと、そのあとに続く人の口コミもポジティブになる傾向が大きいことです。
反対に先に書かれた口コミが多数のネガティブ口コミであふれていた場合は、同じようにネガティブな口コミが続く傾向にあります。
極端な例が、ネットでよくみられる「炎上」です。普段のリアルな社会ではほとんどの人が「常識的に」、「冷静に」暮らしているように見えます。
でもそれは、表面上の話。一部の人は、きっかけがあれば「炎上」に加担する弱さがあります。
口コミに左右される理由
なぜ、ネットに炎上のような現象が起きるのでしょうか。人は多数の意見に左右されやすく、周りと同じ感覚を持っていることに安心感を得るからです。
通販で買ったものが、本当は最低な品質だと感じても、先に書かれた口コミがポジティブなものである場合、
「ネガティブな意見を持つ自分は勘違いなのかな?」
・・と、自分の感覚をゆがめて無意識に修正してしまうのです。そして本当は
「星1つもつけたくない」
と思っていたのに星3つをつけたり、星4つを付けた挙句、
「とても良い品です。ただ、しいて言えば○○がちょっと弱かったかな?でも値段的に許容範囲です。」
・・のような口コミを書いてしまうわけです。この人はネガティブレビューが先に書かれていれば、おそらく決してこのような口コミは書かなかったでしょう。
星3つや4つではなく星1つを付けた挙句、
「最悪です。○○が弱くてすぐに外れました。値段が安いからと言って、これはひどいです。」
・・のように書いてしまうのです。
「口コミ数ゼロ」が、今や「口コミ数500」で星4.5
筆者はもう15年くらい、通販などの口コミを一切書かない主義です。普段ブログでネット上に物を書いていますが、口コミは一切書かないことにして当時すべて削除しました。
何かを書くにはエネルギーがいります。その限られたことを口コミに費やす暇はないと気づき、やめたというわけです。
口コミをたまに書いていたころは、自分の備忘録にもなるためメモ代わりの側面がありました。
あるとき、大手通販サイトである文具が目に留まりました。値段はどう考えても安いし、国内メーカー品です。でも口コミが1つもないのです。
筆者は迷いましたが、万が一いまいちだったとしても、文具なので外れでも損失は少ないと考えて思い切って買いました。
結果、まったく問題ありません。ただ値段が安い分、ややシンプルすぎる感があるとはいえ、十分な品質です。
そこでそのことを口コミに書きました。すると途端に続く口コミが増え、人気商品となりました。
そのあと口コミは削除したのでありませんが、久しぶりにのぞいたらなんと、口コミ数は約500に達していました。口コミ数だけではなく評価も星4.5くらいです。
当時ほかの人も気になっていたのでしょうが、一つも口コミがないし二の足を踏んでいたのでしょう。けれども口コミが出たので安心して飛び込んだわけです。
これはある意味「ファーストペンギン」です。ただその商品は品切れするような商品でもありませんから、ファーストペンギンの恩恵はありません。しいて言えば当時の口コミを消さなければ、自尊心は得られたでしょう。
このように、結局多くの人は周りの人の動きを見て真似をしているにすぎません。確かにそれが一番安全でけがをする確率は減ります。
失敗する商品を買ってお金を無駄にしたと思うことは少ないでしょう。けれどもファーストペンギンになる思いがある程度はなければ、常に周りの空気におびえ、振り回される生き様を抜け出せません。
口コミに頼りすぎない手法は、そうしたことの第一歩というわけです。
モンベルのクールパーカは、実際に数日使わないとわからない
例えば最近では、筆者がブログに書いているモンベルのクールパーカの話が読まれています。
これもある程度は、口コミを探して参考にするのは当然ですが、一定の条件があえば、結局は身銭を切って、失敗覚悟でも数日試さないとわからないでしょう。
実際に筆者がはじめてモンベルのクールパーカを買ったときは、やはり情報がなくイチかバチかで通販で注文したのです。この場合は正解で今に至りますが、成功ばかりではありません。
様々なことについて、実はいろいろ失敗を繰り返しています。結局、このような試行錯誤の積み重ねでしかないわけです。それは買い物にとどまりません。
まとめ
- はじめに
- 口コミの役割
- 地域の学校、病院、美容院などの口コミは役に立つか
- ママ友、ご近所さんの口コミは役に立つか
- 口コミは伝える人の状態がすべて
- 「囚人のジレンマ」の結論を応用する
- 有名な「囚人のジレンマ」を知っていますか?
- 知人との「口コミ」をどう信じるか
- 初回は相手を信じる
- 初めから口コミを仕入れないケース
- 「口コミに頼りたい」という傾向が透けて見えると付け込まれる
- 多数の「口コミ」も空気に左右される
- 先に書かれた「口コミ」の空気に左右される
- 口コミに左右される理由
- 「口コミ数ゼロ」が、今や「口コミ数500」で星4.5
- モンベルのクールパーカは、実際に数日使わないとわからない
- まとめ
- さいごに
さいごに
今回は「口コミ」ほど、あてにならないものはない」という話をしました。参考になれば幸いです。