簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。FP。合理的な家事、家計管理、少ない服で暮らす、お金、節約、捨て作業のコツ。好きな事をして生きる。

アラカン女性・成人家族の食事めんどうをみない暮らし5つの段階



当ブログ「簡単に暮らせ」の訪問者になっていただき、ありがとうございます。

こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

・ミニマリスト的な暮らし方 ・家事を簡単にする工夫 ・お金に関する管理方法(筆者はファイナンシャルプランナーです) ・世間に惑わされない生き方 ・・など。お役に立てたらうれしいです。

はじめに

筆者はアラカン女性。最近徹底して定着した習慣があります。それは家族の食事の世話をしないことです。

炊事をはじめとした家事全般の負担に関して、悲嘆することなく合理的に改善すればいいんです。

今回はその方法を5つの段階を紹介しながらお話しします。

日本人女性は、食事の世話をしすぎなんでは?

推測ですが、日本人女性は食事の世話をしすぎなんでは?と思います。もちろん、子供や高齢者で自分でできない人は致し方ありません。

だけど、子供でも小学生ならばできる炊事はあります。中学生なら大人に近い炊事は可能。少なくとも、高校生はもう大人と同じことができる。

だから年齢に応じてですが、主婦が何から何まで手を焼くことはないんです。ただ、そういう筆者も、つい最近まで家族の炊事の面倒を見続けました。

とはいえ、はじめは配膳を各自にするところから始めたり。

そもそもの教育の影響もあり

食事の世話しすぎ女性は、中高年以上に多いはずです。その原因ですが時代の価値観もあるけど、そもそも教育がそのようにされていたんです。

今は変わっているけど、筆者が中学生のころ、「技術・家庭」科、中学生で男女で教室を分かれていました。

平成元年にようやく改正

ただし1989(平成元)年に学習指導要領改訂があり、1990年頃から男女共通に少しずつ変更されたようです。現在は男女共通で教育されているらしいです。

昔(昭和)は男子・・技術(木工・電気)、女子・・家庭(調理・被服)に分かれていました。男子は椅子を作ったりして、女性は食事を作ったり縫物をしたりミシンがけをしました。

昭和生まれ女性は要注意

昭和では当時、男性→力仕事、女性→炊事、縫物や洗濯・・みたいな教育が分かれていたわけです。

これって「家事は女性がすること」という暗黙のことが教育でされるわけです。でもこれって「結婚することが前提」なので、現代みたいに結婚しないと全部自分でどっちもやらないといけません。

単身ならば、炊事もちょとした家庭の不具合も、男女関係なく自分でしないといけません。

でも、その中でも炊事に関することは相変わらず女性の役割と思ってる昭和生まれ女性は多いでしょう。

第1段階・配膳をやめる

炊事の面倒を見ない第一のステップは配膳です。10年前の筆者は、例えば朝、夫が身支度している音を聞いてテーブルに着くタイミングを逆算して味噌汁を温め始め、配膳して、椅子についた瞬間にご飯が並べられる状態を作ってました。

だからたまたま1分くらい配膳がもたつくと、「飯は?」という声が飛んできました。そんな夫が今では自分で朝食も作っています。ですがここでは第一段階の話です。

  • 茶碗にご飯を盛る
  • 皿に盛りつけてテーブルに並べる
  • 箸やスプーンをテーブルに並べる
  • 水をコップに入れてテーブルに置く
  • 味噌汁を盛り付けてテーブルに置く

このような配膳を自分でやってもらうことがスタートです。

でも、主婦からすると、盛り付ける段取りがあるので、各自にさせるのがかえってめんどうになって煩わしいということはあります。だから「主婦の自分がやるほうが早い」、みたいなことです。

でも、そこは何とかガマンが必要です。めんどうでも、はじめは口頭で指示するしかありません。

テーブルに出してあるものと、冷蔵庫にしまってあるものを出してどのくらいのバランスで並べるかなどです。

ある程度回数を重ねるとパターンが出てくるので、言わなくてもわかるようになります。

第2段階・食器は自分で洗う

食べた食器は各自自分で洗います。また、最後に食事した人が鍋やおたまなどの調理器具も洗う。

ケースバイケースですが、そのようにすれば夜遅く食事した人の後、翌朝シンクの洗い物でうんざりすることがありません。

子供や夫に洗い物をしてもらうことについて、罪悪感を抱く昭和生まれ女性は割と多いかもしれません。

でも、こう考えてください。

こうしたことを本人にやってもらうことで、仕事や勉強の段取り力がつきます。

周りの人で、男女関係なく、「なんとなく段取りが良くない人と良い人の違い」を感じることはないですか?そういう場合って原因は普段の生活にあると思うんです。

普段、自分でこういうことをこまめにやってる人といない人。それはちょっとした所作にあらわれるし、考え方や段取りの柔軟性にもあらわれます。

だから家族にこういうことをやってもらうのは、決して悪いことでもなくむしろ良い鍛錬につながるんです。反対に、日本が停滞気味なのは、家事一つにしても偏った価値観があるから。だからそこで思考停止に陥る根本が生まれている気がします。

第3段階・息子の食事作りをやめた

筆者の場合はじめは、だいぶ前に息子(アラサー20代)の食事世話をやめました。世話というほどではないですが、もともと息子は自分でけっこう食事を作っていました。食べたいものがあると、クックパットみたいなものを検索して、パパッと何か作っています。

ただ、以前は夕食に関して夫の分を作るから、ついでに息子の分も作っていたんです。

でもさらに、食べるものを徹底し始めた息子なので、食事はほぼ分離することにしました。つまり食事は夫婦の分だけになったのが第一段階。

第4段階・夫の朝食づくりをやめた

次は夫の朝食づくりをやめました。きっかけと理由は忘れましたが、朝食は各自で用意して食べるようになりました。

夫は割と完璧な朝食を自分で作って食べています。

  • 目玉焼き
  • 鶏むね肉入り野菜炒め
  • 納豆
  • ひややっこ
  • 味噌汁
  • 牛乳

第5段階・夫の昼食づくり(休日)をやめた

次に休日の夫の昼食づくりをやめました。というか、焼きそばの材料が冷蔵庫にある時は、夫が筆者の分も作ってくれます。

昼食はそれぞれ、おなかの具合と食べたいものが違うので、各自で用意するのがいいという感じに。

第5段階・夫の夕食づくりをやめた

次に夫の夕食づくりもやめました。理由は筆者が負担に感じるとこぼしたからです。自分一人の食事は割と苦にならないのですが、二人分というのが苦痛で仕方なくなりました。

夫は「冷蔵庫にあるもので適当に作って食べる」と言うので、お言葉に甘えることに。

家族の食事つくりの世話をやめられました

現状では夫、息子の食事の世話をほぼやめることができました。野菜をまとめて切った浅漬けなどは大目に用意してタッパーに入れておくなどは気が向く範囲でやっています。

ごはんを炊く用意(前日夜)は息子の役目

ごはんを炊く用意(前日夜)は息子の役目みたいになっていますので、筆者は何もしません。朝起きるとご飯が5時半に炊き上がっています。炊飯器を洗うのも息子がやっています。

家族の中で息子が米を食べる量が一番多いので、「明日、何合食べる?」といちいち聞くのがめんどうくさくなりました。

結果として、息子がご飯を炊く用意をするのが一番いい、という自然な流れでこうなりました。

食品の買い物・夫婦分の食品、主食はネットスーパーなどで購入

夫婦の食品と主食などは、ネットスーパーとアマゾンなどで買っています。買い物に使うエネルギーと時間は最低限です。

中学生のころ、弁当はたまに自分で作りました

筆者が中学生のころ、まだ土曜日が学校があった昭和ですが、弁当持参が必要なときがありました。そういう時筆者は一時期自分で弁当を作っていたことがあります。

と言っても、特に母親に弁当のおかずを用意してもらわず、小遣いで冷凍コロッケ5個100円をスーパーから買ってきました。そしてそれを一回の弁当で1個ずつ使うんです。すると100円で5回分の弁当のおかずのメインができます。

もちろん、コロッケは油を使います。他は卵焼きを作り、キャベツを切って野菜炒めで緑を作り、冷凍のミックスベジタブルは冷凍庫に何となくいつもあったので、それで野菜炒めができました。あとはマカロニかパスタをゆでて(これも台所になんとなくあった)ケチャップで炒めました。運が良ければ冷蔵庫にソーセージが入っていたので、それをフライパンで焼いて入れました。ごはんにはふりかけをかけると、割と何とかそれっぽい見栄えがしました。(と中学生ながら思った)

中学生にもなれば、弁当は自力で作れます

こんな感じで中学生になれば、弁当は自力で作れます。中学生当時、なぜ母に弁当を作ってもらわなかったかですが、記憶をたどると、母の弁当が好きではなかったからだったと思います。

母の手作り弁当がうれしくないケース

高校生の時は母が弁当を作ってくれましたが、母の作る弁当はヘルシーすぎて正直、好きではなかったんです。茄子のおひたしにショウガをまぶしたものとか、ほうれん草のおひたし、煮物、ゆで卵・・みたいな感じで揚げ物はめったにありませんでした。いわる汁漏れしそうな中高年向けおかずです。

でも母が作る場合はそれを持って学校に行ってましたが、結局おなかがすきすぎて、帰りにフードコートでお好み焼きとか焼きそばとかソフトクリームを友達と食べてました。

親が作る弁当がうれしいかというと、筆者の場合は正直まったくなかったんです。むしろお母さんが(亡くなってしまって)いない友人が、いつもパン屋さんでパンを買ってきたのですが、そのパンがおいしそうで、うらやましかったんです。

自分で弁当を作ってくる友人のケース

ほかにはこんな例も。

ある友人は、お母さんから弁当の食費を「週2千円」もらい、それで弁当のおかずを作っているといました。

毎日手作り弁当を持ってくるのですが、全部自分で作った弁当でした。でも友人いわく「週2千円はきつい」と言ってました。

その友人とは卒業後全く会ってませんが、きっとやりくり上手だと思います。

できる人、やりたい人が炊事をすればいい

炊事はだれがやるとかやらないではなくて、できる人、やりたい人がやればいいんです。やりたくない、好きじゃないなら女性でもやらなくていいんです。

また母親が作る弁当が正直、好きではないということもあります。一応母の名誉のために付け加えておくと、母は料理上手です。

友人が遊びに来ると、ちょっとした「うどん」とか「そば」などを作って出してくれたのですが、どの友人も感激してほめてくれました。だから決しておいしくないから母の弁当が苦手だったわけではありません。

それはさておき、若い時には苦ではなかった炊事が、年を重ねてからやりたくなくなる筆者みたいな人もいます。

まとめ

さいごに

今回は、「アラカン女性・成人家族の食事めんどうをみない暮らし5つの段階」という話をしました。炊事が大変だと思う女性は多いでしょうが、その原因は家族の世話のし過ぎにもあります。

状況に応じて少しずつ各自にまかせてしまいましょう。

参考になればさいわいです。