はじめに
今回は、僧侶が主人公の中国映画を2作品紹介します。昨今、マインドフルネスなどに代表されるように仏教が注目を浴びています。
仏教は宗教というよりも哲学などを含めた別の次元という印象があります。とりあえず難しい解釈はわきに置き、心が動かされる2作品を紹介します。
どちらもアマゾンプライム視聴可能です。(記事執筆現在)
三蔵法師・玄奨の旅路
三蔵法師とは
ちなみに・・こういうことだそうです。
日本では中国の伝奇小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師」が特に有名だが、三蔵法師というのは一般名詞であり、尊称であって、固有名詞ではない。西遊記の三蔵法師(玄奘三蔵)は数ある三蔵法師のうちのひとりである。
Wikipediaより引用
三蔵法師といえば。孫悟空が登場する「西遊記」が有名です。今回見た映画の三蔵法師はその中の一人で玄奘三蔵のことです。
玄奘三蔵は本当は出国を許可されていないのに、長安をひそかに出国をして、ガンダーラに到着するまで片道4年かかっています。(帰国当時は皇帝も情勢も変わっていてVIP待遇で帰国していますが、それでも昔ですから帰るだけでも大変ですね。)
あらすじ
僧・玄奘三蔵は長安を極秘に出国してブッダの国、インド(ガンダーラ)へと経典を求め出国。様々な人と出会っては別れ、基本一人で気が遠くなるような砂漠を越え、ついにガンダーラのナーランダー僧院に到着する。そして数年間、仏教の研究にはげみ多くの経典を中国に持ち帰り膨大な書物の訳を残している。当時彼は齢50歳を過ぎていた。
感想
子供のころ、堺正章が孫悟空を演じた西遊記をテレビで見ていました。(それとはまるでちがう三蔵法師・玄奘の旅路です。
ひそかに出国をしたばかりか、片道4年の月日をかけてはるかかなたガンダーラに行くのは至難の業。途中死にかけたりとにかく大変。
そのパワーと思いはいったいどこから来るんだろう。そして玄奘三蔵が持ち帰った経典と訳した書物は膨大な量があります。
それらは今でも私たちの生活に根差してもいるんですね。仏教というと、「和」をイメージしますが実際はインド発祥なので、改めて映像で体感するとこれまで描いていたイメージと違うものが見えてきます。
島国日本に住んでいるので、大陸の広大で時に広く時に厳しい自然とスケールの大きさに圧倒されます。小さな悩みやイライラなんて、玄奘三蔵の背景を知るとちっぽけでどうでもいいことに思えてきます。
そしてこうした大業をしていたとき50歳を超えていたというからおどろきます。現代ならまだしも、当時の50歳って、今でいえば90歳とかの感じではないでしょうか。
このドラマを見え終えた途端、自然発生的にゴダイゴの「ガンダーラ」が脳裏に流れてきました。(昭和世代・笑)この映画を見た後でもしっくりくる音楽です。いい曲ですね。
(プライムで聴けます)
新少林寺
武芸の話かと思ったら、人としての心を描いた作品でした。無慈悲で冷徹な主人公が、最愛の娘の死をきっかけに、180度生き様を変える話です。
真に大切なものは何かということを改めて感じさせてくれます。ストーリーはわかりやすく、一気に見終えてしまいました。
あらすじ
1912年の中国。合理主義の将軍侯杰(こう・けつ)は、登封城の将軍、霍龍(かく・りゅう)を追い、少林寺に踏み込む。しかし投降の姿勢を見せた霍龍を撃ち殺す。その後、侯杰は義兄弟を裏切る決行の晩、腹心の部下、曹蛮(そう・ばん)の裏切りにあい、最愛の一人娘が命を落とす。その時駆け込み娘の治療を願ったのは、少林寺の僧だった。侯杰はその後、少林寺で僧として生きる。
感想
調べてみたら映画の1912年というのは、中華民国が建国された年なんですね。
1911年12月29日、孫文が中華民国大総統に選出され、1912年2月12日に清最後の皇帝溥儀が退位し、清国は滅亡。この結果、アジアにおいて史上初の独立した共和制国家である中華民国が誕生した。
Wikipediaより引用
映画の背景は、こうした目まぐるしい時代にあるようです。勝者で勢いの衰えを知らなかった侯杰が、猜疑心の塊で油断しない方針が裏目に出て、そのスキを部下に狙われあっという間に形勢が変わっています。
そしてその裏切った部下もまた、かつての侯杰のよう。生きていると時に、人の非情さに打ちのめされた人はきっといるでしょう。変わってからの侯杰が、部下に対してとる行動がみどころです。
さいごに
今回は、中国の僧侶を主人公にした映画2作品を紹介しました。このような人物のストーリーは書籍で読むのもいいけど、読むのに骨が折れることがあります。そういう時は映画など映像の力を借りるのも手です。テキストで得られえるイメージもいいけれど、タクラマカン砂漠の光景は映画で画像として見るのもアリなんじゃないでしょうか。
参考になればうれしいです。