簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

「スマホがあれば物は多くはいらない」の違和感の正体



こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

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ミニマリストブームが国内で発生したとき、違和感がありました。それは

「スマホがあれば、多くのものはいらない」

という発想についてです。

実はこの違和感については、2016年発行の書籍にも記しています。(現在は文庫化) 

 この書籍の12項目目『「目の前にない」だけの暮らしから一歩抜け出す』の箇所です。

当時、ミニマリストブームが注目されたとき、気になったことがありました。それは

「スマホの活用で、物を減らせる」

ということについてです。確かにスマホの利用で、個人の住まいは物理的なスペースも金銭的コストも大幅な削減が可能になりました。

けれどもスマホの活用とは、本質的な部分で「持たない」ことを実現させているとは思えない矛盾に、戸惑いを覚えました。

スマホ自体は確かに小さくてコンパクトです。けれどもスマホを生み出す背景や、使える状態を維持する機関や機能は、多大な「物」を使用しているともいえます。

例えばスマホ端末の原料を得るためには、世界各国から資源を集めなくてはなりません。そのための機材、人員、資金、技術など気が遠くなるような多大な資源が投入されているはずです。

具体的にスマホがどうやって企画され、どの程度の資源を必要として、それが地球規模でどのような影響があるかを正確に詳細に知るすべがありません。

けれどもざっくり想像しただけでも、一筋縄ではいかないことは明白です。

ざっくり調べてみると、現状では「環境問題に配している」という主張がある一方で、資源を採掘する段階で労働者の劣悪な環境その他の問題があるという情報もあります。

スマホを片手に「少ないもので暮らしています」と言っても、それは個人という狭い範囲で見ればそうですが、地球全体としてみれば、少ないものどころか環境にも人にも負荷をかけている可能性もあります。

こうした背景があってもなお、本当にスマホ活用の生活は「少ないもので暮らせている」といえるのだろうか。

もしかしたら、例えば「ものをため込んでいる」と言われる高齢者などより多くの物を使うことにはなっていないのだろうか。・・そんな疑問が当時から消えることがありません。

本人に全く悪気はないにしても、スマホ活用で物を減らす暮らしは

「少ないもので暮らしている」

には至っていないのではないかという違和感がどうしても消えないのでした。

けれどもスマホが普及した現在、普及前に戻ることはないでしょう。

スマホは確かに各個人の身の回りの物を減らすことに貢献しています。

けれども地球規模で見ても同じことがいえるのかは、まだわからないことが多すぎるのです。

こうしてみると「多くを持たないで暮らす」意味は、個人的価値観だけでは完結しないのだと言えます。

少ないもので暮らす価値観の実現は、もはや個人的主観の小さなことではないのかもしれません。