
はじめに
毎日の食事作り、正直まいっていませんか?筆者はつい最近まで本当にまいっていました。けれどもちょっとしたきっかけと方法で、少し楽になりました。
自分一人の炊事は苦にならない不思議
筆者の場合では、自分一人の分は不思議に苦にならないのです。夫が「今日は夕飯いらない。」と言われて自分一人分を作ってみると、結局いつもと大差ないのに、なぜか200%ラクなのです。これは一体どういうことなのでしょうか。
食事作りが大変なのは「自分以外」の献立判断
食事作りが負担になる最大の理由、それは自分以外の家族などの食事作りが原因です。それは炊事の作業そのものだけではありません。
「判断のキャパを多大に消費すること」なんです。大変なのは調理そのものじゃないんです。同時に料理の技術や段取りそのものでもない。その証拠に自分の分だけを作るならば、結果として別に簡素化していないのに苦にならずに作ってしまう。世の中にはたくさんの「簡単で美味しくできる調理法」の情報が存在します。だから面倒くささそのものが原因ではない。
「上げ膳据え膳が夢」
筆者は10年前くらいから、食事作りが年々苦痛になっていました。そしてしょっちゅう
「上げ膳据え膳が夢」
と口にしていました。ところがこれ、実現してしまったのです。口にすることは実現します。これは過去の経験でも身に覚えがあったのですが、まさかこんな形で実現するとは思いませんでした。
突然、脳出血で倒れ救急搬送されたのは9年前のこと。それから4か月入院したので、上げ膳据え膳の夢が実現しました。
「夢」実現の代償は大きすぎた
けれどもその代わり、麻痺が体の縦半分に残る始末。この夢実現の代償は大きすぎるものでした。
それはさておき、日々の食事作りが面倒を取り越してつらくて仕方がないのです。涙が出る寸前のことはしょっちゅう。夫は別に強要しないし、文句を言うようなこともありません。それなのに辛い。とにかく食事作りが辛い。
このころ、たまたまコミックエッセイで見かけたのですが
「夕食づくりが辛くなったら更年期が近い」
とのこと。確かにこのころは年齢的にそういう時期でした。筆者の更年期は食事作りが辛くて、涙が出るほどに感じるというところがスタートだったのかもしれません。同時に脳出血も多大な更年期の症状だったのかもしれません。(医学的根拠はなく、あくまで個人的な感覚です)更年期は個人差が大きいそうですが筆者は多大な症状が出たということでしょう。
夕飯を食べるのが辛い
最近の症状は、食事作りが辛いのに加えて夕飯を食べることが辛いのです。おそらく持病があるため常に食事に気を使うことが疲れたのだと思います。
パンは悪者扱い
パンはいくらでも食べられるのですが、世の中で言われている健康法でパンは悪者です。筆者は昨年、パン絶ちを試みました。ところが数か月たっても特に改善することはありません。
子供のころ給食はパンが主食でした。米飯が取り入れられたのは小学高学年でした。でも当時、パンは好きで大人になってもパン屋さんからよくパンを買っていました。ただ、脂っこいパンはあまり好きではなくてフランスパンが好きでした。だからパンで油脂過多ということはありませんでした。
9年前の入院でも朝は洋食を選んでパンを出してもらっていました。でも調子は良かったし特に小麦アレルギーもありません。それで最近は、少しずつ無理しないでパンを食べることにしました。ついでにお昼に食パン一枚は食べていいことに。
加えて夕食の米がのどを通らないので、パンを食べてもいいことにしました。実際に夕飯でパンを食べることはしませんが、口に入るものなら食べていいことにしました。
夫の夕飯を作らなくていいことに
3か月前に大けがをして、最近はさらに調理の意欲や献立を考えることが負担になっていました。それでも夕食は何とか作っていたのですが、本当に辛い。先日何気にさらりとそのことを夫に言ったら、
「夕飯は作らなくていい。冷蔵庫に食材があれば適当に何か作って食べる。」
とのこと。夫にそう言われて翌朝、なんと筆者は久しぶりに二人分のシャケ、さつま揚げ、マイタケを焼いていました。
夫はそれに卵、みそ汁などを追加で食べていましたが、筆者はこれを自分の夕飯に。夜にコメはあまり食べたくないのですが、朝ならまだ余力があるので焼いておきます。
夕食は自分の食欲があればまだ、作る気になるんでしょうが、自分の食欲がないときに食材を触るのは本当に辛いのです。胸焼けしているときにハンバーグを焼くとか耐えられないですよね?そんなイメージです。
毎日の献立作りが与える悪影響
こんなことは自分だけかと思っていました。ところが先日、ユーチューブでそうではないという動画を見ました。これを見てこれまでの謎が解けた気がしました。
朝、夕食を作る
最近、朝のうちに夕飯のおかずを作っています。ただ「これは夕飯用」と決めないで作ります。そのときに何となく浮かんだおかずを適当に作るんです。一人分も二人分も手間は大きな違いはありません。そこで自分が作れる範囲で作ります。
それを夫も私も朝のうちに食べても良いし、お昼に食べても良いし、夕食時に食べてもいい。それぞれが適当なタイミングで食べたい時に食べます。つまり夫の食事作りのために台所に立つのは朝だけということです。
自分が食べる分をお昼や夕方に作ることはありますが、夫の分は作りません。結果としてこれがとても良いようです。結論をまとめると筆者の場合は食事作りがつらいのは夫の食事作りだということです。また夫の分を作るにしても朝のうち少量作る程度であれば特に苦にはなりませんでした。
時間帯もカギ
気になるのは時間が遅くなれば遅くなるほど憂鬱になるようです。また自分の食事に関しては、米が口に入るのは朝食だけ。昼以降はあまり食べる気になりません。それでも米が一番体に良いと思って食べていました。
ですが本当に苦痛なので、最近はインスタントラーメンやパンなど口に入るものを適当に食べています。そうしたところ、嘘みたいに食事に関する苦痛が激減しました。ただしこのような食生活をすると太ります。健康に悪影響がないかと気になるところ。
付属のスープを使わない
けれどもインスタントラーメンは付属のスープを使わないで、めんつゆを使うなどしています。
またパンを食べるといっても、パン屋さんで売られているような脂でギトギト、砂糖だらけのパンでなく、値段が安い食パンを買うと最近のものは原価削減のためか油脂もあまり含まれていないと気づきました。
まとめ
- はじめに
- 自分一人の炊事は苦にならない不思議
- 食事作りが大変なのは「自分以外」の献立判断
- 「上げ膳据え膳が夢」
- 「夢」実現の代償は大きすぎた
- 夕飯を食べるのが辛い
- パンは悪者扱い
- 夫の夕飯を作らなくていいことに
- 毎日の献立作りが与える悪影響
- 朝、夕食を作る
- 時間帯もカギ
- 付属のスープを使わない
- まとめ
- さいごに
さいごに
毎日の献立作りは本当にまいっていました。朝のうちに作れる範囲で作り、あとは無理をしないでインスタントラーメンを食べたりパンを食べたりしています。今は寒いので体が温まり、安いPBブランドのラーメンは消化が良くおいしいです。無理にご飯を食べないことにしました。
最後まで読んでいただきありがとう。