
はじめに
最近、微妙に困ることがあります。それは現在、開催中の「FIFAワールドカップ 2026」がらみ。約40日間の開催に周囲は熱狂していることに関連しています。
(日本時間では6月12日〜7月20日)
「FIFAワールドカップ 2026」に一切興味がないということ
先日、マックで持ち帰りにしたら包装紙が見慣れないデザインでした。
「これは何?」
・・と思ったら、FIFAワールドカップ 2026 がらみのパッケージだったんですね。確かにこういう時、マックを食べながら夜通し観戦する人は多く、売り上げ倍増の機会ですよね。
筆者は「FIFAワールドカップ 2026」に限らず、スポーツネタは原則興味がありません。ただ、家族は普通に現在開催のFIFAワールドカップは、のめりこまない程度(深夜に見るなど)に空き時間にテレビで見ています。
夫は普通にテレビ全般を見る人ですし、息子は普段、テレビを見ませんが、テレビのスポーツ観戦は大好きで、スポーツを何かしらテレビで見ています。
当然ながら背後から常にスポーツに関する熱狂が聞こえてきます。それでも筆者は、その音に振り替えることは全くありません。
カフェで回りがざわざわしていて会話してもその内容に、まったく興味がないのと同じです。
スポーツは素晴らしいと思います
スポーツに限りませんが、人が何かに熱中して鍛錬するというのは素晴らしいと思います。
スポーツ自体、筆者も毎日体力づくりに励み、おばさんレベルのことでも継続しつつ、向上するというのは大変だけど、その困難と素晴らしさはわかっているつもりです。
また大きなイベントを開催して企画を立ち上げ、普段と違う状況を生み出すということもただ見ているだけの側とは違う大きな工夫と試行錯誤があるでしょう。
自分事ではない
テレビではわからないけど、現場に行けば興味のない人(筆者のように)も手に汗にぎることでしょう。
同時に、テレビに出ているのが夫や息子ならそれは当然、釘付けになるでしょう。自分がサッカーをやっていればそれも同じです。
ただ、そういう状況ではないので、自分事にして興味を持つまでにならないわけです。それ以外に自分が熱中していることがあり、そっちに興味があるだけ。
新NISAに興味がない人がいることと同じ
けれども現在、FIFAワールドカップに興味を持たない態度を表す人は、多少肩身の狭い思いをしているかもしれません。
筆者は自宅で仕事をしているので、職場やママ友づきあいもないし、こういう態度でも周りにお互い影響がありません。家族は「そんなもの」だと思っているだけですし。
ただ、FIFAワールドカップに興味を持たないことは、新NISAに興味を持たない人が大勢いることと何ら変わりはありません。
子供のころ、楽しみにしていたアニメが野球中継で見られない絶望感
そういえば大人になってからは、動画やアマプラなどがあるので、テレビに娯楽を依存する必要がなくなりました。でも子供のころはテレビがエンタメのすべて。YouTubeもアマプラもない。ビデオに録画しておくこともできない。
昭和50年代の小学生。外で遊んで帰宅してそのあと見るつもりの、楽しみにしていたアニメが、野球中継で数日連続で放送されないと知った時のあの絶望感。
もちろん、あの時と今とでは影響が違います。今はだいぶ減りました。
多数か少数かの違い
違いがあるとすればそれは、多数か少数かの違いです。ほかにはたとえば、読書に興味がある人とない人の違いもあるでしょう。
読書に興味がある人は割と少数らしいですが、興味のない人は多数らしいです。
新NISAに興味のない人をつかまえて
「なぜ興味持たないの?」
と指摘することはしませんよね。
同じく
「なぜ、読書しないの?」
と追及されることもありません。けれども
「なぜFIFAワールドカップに興味持たないの?」
と指摘されたり、暗黙の気まずい空気になることもあるかもしれない。
「どうして?」
という感覚を抱き
「変わってる」
みたいな感じはあるかもしれませんね。ただ、最近は、花粉症の話や天気の話と同じくお互いに無難な世間話をしただけ、という程度も多いでしょう。通常は双方がそんなに目くじら立てることでもありません。
しいて言えば、多数か少数かの違いによるものです。FIFAワールドカップに興味のある人が多く、興味のない人は少ない。極端な場合には多くの人がFIFAワールドカップに興味のあるものという前提で動いていく。ただ、それだけのことです。
多数が強い
考えてみればこの原理は資本主義経済そのもの。なので別に構わないんです。筆者も資本主義経済のシステムに乗り、新NISAで投資しているから、やってる選択肢はたまたまです。
多数の人が「この企業はもうかる!」と考えればそれが投資では正解になる。それと大勢の人がFIFAワールドカップに熱中する現象は同じです。
FIFAワールドカップがらみで困ること2つ
ここではFIFAワールドカップがらみで、ちょっとだけ困ったことを2つ挙げます。
①PCのグーグルの画面、アニメーションがチラチラして目と脳に優しくない

ただ、ひとつだけ困ることがあります。それは例えば、こうしたグーグルの画面。イラストは時々変わり静止バージョンもあります。けれども困るのはアニメーションがチラチラ動くバージョンのイラスト。これ、目と脳に優しくないんです。
↑はスクリーンショットなので映像は止まっていますが、実際はこのサッカーのイラストはアニメーションで、検索しようと画面を開くと検索が終わって画面が変わるまでアニメーションが繰り返されます。
なんてことないと思うかもしれませんが、筆者は閃輝暗点が出やすい体質なのです。こういう意図しない、チラチラしたアニメーションは心地よいものではありません。
このアニメーションってクリックすると、FIFAワールドカップの状況の画面に飛ぶと気づきました。FIFAワールドカップに興味ある人は便利ですよね。
ただ、筆者はこのアニメーションを止める方法がないかと探し、AIにも聞きましたが結局、簡単に止める手立ては原則なく、放置しています
グーグルの画面開くたびにアニメーションがチラチラするので困りものです。強制的に見せられるので、シンプルを極めているはずの
「グーグルらしくないな」
と思っています。
↓今はこちらの静止画像なので問題なし。これでいいんじゃないでしょうか。どちらになるかはグーグル次第なのか、ランダムに表示されます。

②常に背後でサッカー関連のザワザワが聞こえて落ち着かない
これは家族間の問題です。ワールドカップが終わるまで、家族がいるときはずっとサッカーの音声がテレビ越しにざわざわ聞こえることになります。
サッカーそのものの音声ではなく、どちらかというと観客や応援する人の歓声のざわつきが落ち着きません。
家族がイヤホンしてくれればいいのですが、(主に夫)PCやスマホはイヤホンで視聴してくれているので、(筆者はいつも音漏れが激しいネックスピーカーを使用)夫と息子に「イヤホンして」とは言えません。
テレビをつけたまま、夫が洗面所に行って30分戻ってこないときは(洗面所にいる時間が長い)テレビを消音にするのですが、毎度毎度そんなことはしないので、ほとんどつけっぱなし。
就寝しようとしても家族が起きていると、テレビの音声が聞こえて寝付けません。幸い家族は深夜に及びませんが、それでもちょっと困るんですよね。家が狭いので。
あと20日の辛抱
ワールドカップの開催は7月20日までだそうです。あと20日の辛抱です。ただ、ワールドカップが終わっても、プロ野球、甲子園などスポーツ中継は何かしらあるので、ザワザワは当分消えそうにありません。
筆者にとってのザワザワのメリット1つ
ただ、あまりに静かな環境で生活していると電車で出かけて人ごみに行くと疲れます。だからザワザワに慣らせるメリットはあるかもしれません。これが筆者にとってのメリットでしょう。
まとめ
- はじめに
- 「FIFAワールドカップ 2026」に一切興味がないということ
- スポーツは素晴らしいと思います
- 自分事ではない
- 新NISAに興味がない人がいることと同じ
- 子供のころ、楽しみにしていたアニメが野球中継で見られない絶望感
- 多数か少数かの違い
- 多数が強い
- FIFAワールドカップがらみで困ること2つ
- あと20日の辛抱
- 筆者にとってのザワザワのメリット1つ
- まとめ
- さいごに
さいごに
FIFAワールドカップが開催され熱中している方には申し訳ないのですが、この状況で微細に困っていることがあります。40日間で終わることなので、あと少しの辛抱です。
もちろん、FIFAワールドカップをはじめ、その企画を生み出し実行することの素晴らしさや、スポーツがもたらす様々な恩恵。目の前で繰り返されるリアリティのあるドラマには、心から尊敬しています。
世の中には、自分が興味を持てるものとそうでないことが混在しています。それはお互い様ですが、半強制的に興味のないものを見せられたり聞かせられると、ときに疲労が増して疲れてしまいます。
昔ほどの同調圧力は減っていると思いますし、筆者は自宅にいるので実際の影響は少ないほうですが、それでも何らかの感情を抱くのが人間です。
今回は、そんな近況の独り言を吐かせていただきました。最後まで読んでくださりありがとう。