簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。FP。合理的な家事、家計管理、少ない服で暮らす、お金、節約、捨て作業のコツ。好きな事をして生きる。

ミニマリストは時代遅れどころか、ますます進化している理由と目的は、「物理的拘束からの解放」



当ブログ「簡単に暮らせ」の訪問者になっていただき、ありがとうございます。

こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

・ミニマリスト的な暮らし方 ・家事を簡単にする工夫 ・お金に関する管理方法(筆者はファイナンシャルプランナーです) ・世間に惑わされない生き方 ・・など。お役に立てたらうれしいです。

はじめに

2025年の今、ミニマリストは「時代遅れ」と言われることがあります。

それは、表面的なことに注目していれば、確かにそのような一面もあります。

けれども実は、ミニマリストは時代遅れどころか、ますます進化をしているというのが筆者の特論です。

筆者が考えるところのミニマリストの目的

筆者が考えるところの、ミニマリストの目的は何でしょうか。

それは物理的拘束からの解放です。

人間はこの世に生を受けると、同時に物理的な拘束を受けます。

まずは自分の体という、物理的空間に自分自身が拘束されます。

続いて「食べ物という物」を食べなくては、生命を維持できません。

さらには住居や衣類で防御しなければ、暑さ寒さなどの天候、動物、様々な侵入者から身を守れません。

ほかには身に着けている持ち物で生活のレベルが変化します。

人間同士の集合体の中での優位性も変わります。

けれどもミニマリストは可能な限り、物の制約を受けずに目的を到達しようとします。

もちろん、食べ物は制限できません。

ですが、余計なものを食べないことで実質的に物の制限を減らすことができます。

つまりミニマリストを攻略することが、人間が生まれ持って背負っている物理的拘束の宿命を軽量化することができます。

こうした理由から筆者は、ミニマリストを極めることは、ますます人間としての進化を促進することだと考えています。

なぜ「ミニマリストは時代遅れ」と言われるのか

2015年あたりに一世を風靡したミニマリストブームも、10年経過した2025年現在では「時代遅れ」と言われるようになりました。

それはミニマリストを表面的なことだけに注目するから、そう感じるのでしょう。

その背景には、様々なネット情報空間を中心に自称ミニマリストが増えていることもひとつでしょう。

はじめは少数派で、時に非難さえされたミニマリストが2025年現在では、広く認知されています。

同時に、ブログ、ユーチューブなどでミニマリストを探すのは簡単です。

いくらでも見つかります。

ファッションの流行がごく一部のファッショニスタから静かに始まり、次第に広く認知され、最後はスーパーマーケットの婦人服売り場に並ぶようになって流行は終焉に向かいます。

※「ファッショニスタ」とは、英語の「fashionista」に由来。最先端ファッションを追求し続ける人」や洗練されたファッション業界人を意味します。

同じようにミニマリストも、初めはごく一部の人の間で行われていました。

ところがあるときテレビで放映されるなどをきっかけに、多くの人の注目を浴びました。

それでもはじめは戸惑いを覚える人がいる中で、有名な芸能人や、著名人が実はミニマリストであるなどと告げたり知れ渡ることで、認知されていきました。

ところがミニマリストには決まった概念がないために、人によって解釈がまちまちです。

そのためにその真意を誤解して、表面的な形態だと考えた人たちが多くいました。

そうした背景の中でミニマリストを流行の1つだと考えた人によって、

「ミニマリストは時代遅れ」

と言われるようになったようです。

究極のミニマリストとは

もちろんミニマリストには、決まった型や決まりはありません。

それぞれが思うミニマリストを、好きに自由に実践すればいいのではないでしょうか。

その程度も様々です。

軽く緩く部分的に取り入れてもいいし、とことん追求したっていい。

その時自分が感じるまま、まずはやってみればいいでしょう。

「本当のミニマリストはこうでなくてはならない」ということに、こだわらなくていいんじゃないでしょうか。

それこそが型にはまりすぎていきます。

世の中には

「鶏が先か卵が先か」

の概念が多くあります。

目的と手段が多少前後しても、

「終わりよければすべてよし」

ではないかと。

試行錯誤の中で自分の答えを見つけていけば、それでいいんです。

ミニマリストは時代遅れどころか、ますます進化している理由

このように、ミニマリストは時代遅れどころかますます進化しています。

その理由は以下の通りです。

前提として、物を使わなくても、目的を実現できることがどんどん増えています。

スマホの普及があり、低コストで多くの情報を簡単に共有できますよね。

買い物もお金周りのことも、挙げればキリがないほどに物に頼らないで良くなっています。

例えば筆者が現金を扱うのは、月に1~2回です。

リアル銀行には半年一回、現金引き出しと記帳しに行くだけ。

自動車を使わず、ネットスーパーに買い物を依頼。

自動車をたまに使うときはカーシェアを気軽に利用。(筆者は免許を自主返納済。夫が自動車を使う場合です。)

などなど、多様です。

スーツケース一つで暮らしたい

筆者の理想はスーツケース一つで暮らすことです。

これに旅をプラス出来たら最高です。

住まいは定住ではなく、自由に拠点を移行しながら暮らしたい。

例えば寒いときは暖かい地域で暮らし、暑いときは涼しい地域で過ごす。

様々な場所を見聞きして、自由に動き回りたい。

ユーチューブ動画を見ていると、実際にそのような暮らしをしている方もいます。

だから実現は、行動するかしないかにかかっていると言えます。

理想や希望は封印しないで、頭の片隅に置いておくことが必要です。

頭の中に理想と希望を持ち続けていると、それが必ず実現するからです。

実際に筆者は、これまで何度もそうした経験をしました。

ただ、要注意なことがあります。

頭に描くことは、マイナスも実現してしまうということです。

これも筆者は体験しました。

例えば、

「こういう病気になったらどうしよう」

と考えて心配しすぎるのも、実は願望の一種なのです。

予防が必要な場面もあるのでケースバイケースですが、頭に描くことは、たとえ架空の話でも、マイナスは避けるが無難です。

基本的に常に明るいことを描いたほうがいいです。

暗い事実を望むなら別ですが、そんな人はいませんよね。

まとめ

さいごに

ミニマリストは「時代遅れ」と言われることがあるようですが、それは表面的なことだけに注目するからです。

ミニマリストの概念を深く追及すると、それは人間の存在そのものに行きつきます。

人は生まれながらに物理的な拘束を受けています。

それは逃れられない宿命ですが、ミニマリストの概念を追求することで物理的拘束の制限を低くすることができると考えています。

自分が望む暮らしは、スーツケースひとつで世界中を移動しながら自由気ままに生きることです。

「絶対無理」

とは考えずに、とりあえず願望は頭に入れておくといいです。

すると

「気が付くと願望が実現している」

のは、案外起きるものですから。

最後まで読んでいただきありがとう。