はじめに
先日、離れて暮らす実家の母から着信がありました。正直、実母の電話は苦手です。けれども今回は久しぶりだったので、割とすぐに折り返してみました。
実母の悩み
私の体調を気にかけて電話も遠慮しているらしいので、折り返し電話をしてみました。幸いに客観的に見れば、大事に至ることではありませんでした。
けれども母本人にしてみれば、深刻な悩みなのです。けれどもよくよく聞いてみれば、最近では、あちこちでその悩みを小出しにしているらしい。
気づいたのは、母にとって必要なのは問題解決そのものではないということです。
察するにそれは
「共感してほしい」
ということ。そういう気持ちは分からなくありません。
これまで私は散々、正論を話す方向で接していました。けれども、年齢的にも、性格的にも、今更考え方を変えることは無理でしょう。
気持ちが軽くなることを優先する
この電話で話すとき私が注意したことがあります。それは母の気持ちが軽くなることを優先することです。そのためにやったことは、
「そりゃそうだよ。」
と、第一に気持ちを共感してあげることでした。
もっとも、こうした受け答えは論理的視点では反対の答えです。けれども様子を聞いてみると、正当なアドバイスはすでに、妹が何度もさとしているようでした。
それでも納得いかないからこっちに電話かけてきているのであって、ならば私の今の役割は、その気持ちを認めてあげることでした。
(妹と私の仲は良く、互いの価値観や考えはだいたい一致しています。どういう対応をしたのかだいたいお互い察しがついています。)
十分な休息をとってから電話する
とはいえ私は心が狭いので、いつもこのように対応できるわけではありません。
余裕がないと、同じ話を何度も繰り返し同じことを言わせることに腹がたち、きつい言い方をしてしまうこともありました。
以前はしょっちゅう似たような長電話がかかっていましたが、私の病以後は良くも悪くも対応ができなくなりました。
今回は電話も久しぶりだったので、ちょっとだけ余裕がありました。ついでに着信があると気づいた時には、ウォーキングから帰ってきて疲れていてお腹も空いていました。
だからまず、昼食を食べて、少し休憩して、コーヒーを飲んで一服して、十分に休息をとって、心と体に余裕がある状態を作ってから折り返しました。
心が軽くなってもらうこと
最終的には、以前なら話し始めると2時間くらい長電話をしてしまう母でしたが、 今回は自分から30分ぐらいで電話を切り上げてくれました。
同時に
「心が軽くなった。」
と母の声が明るくなって電話が終わりました。
もちろん母は、妹にもとても感謝しているし、言っていることもよくわかると思うと付け加えていました。
それは私も同じです。今回はたまたま、私がいいとこどりしたような形です。
ちなみに母の悩みについての解決方法については、 このような言い方をしてみました。
先ほども書きましたが、
「それは仕方ないよね。」
と母の主張を認めたうえで・・
「いきなり一番いい解決方法を考えようとしないで、
まずはいくつかの解決方法を挙げてみて、
次にその中から、一番簡単にできそうなものをまずはやってみたらどうかな。」
この場合は〇〇〇 あたりが一番簡単そうだよね。
とりあえず、それをやってみて、何か問題があるようなら、
その時にまた、別の方法を考えてみたらどうかな。」
そしたら、母なりに頭の中のゴチャゴチャが整理された気分になったようです。
さいごに
私もしょっちゅう、どうでもいいことで迷ったり悩んだりはしています。
けれどもどうにかできることと、どうにもならないことをの狭間で解決方法を自分なりに模索してきました。
そういう時に、論理的な結論ではなく、ただ共感してほしいことがあります。特に女性はその傾向が大きいと思います。
私の家族ですが、夫は男兄弟で育ち、息子も一人息子で女性のきょうだいを知りません。どちらも男特有の思考回路の持ち主です。
どちらも私に
「非論理的なことを言っている」
と指摘することがよくあります。確かに正論はそうだけど・・ということが通じない。もっとも夫は最近、
「共感してほしいだけ。」
という思考回路を、以前より理解してくれるようにはなりましたが。
とりあえず今回は、母もすっきりしたようで安心しました。
もちろんこれで全てが解決というわけではなくて、何が正解かは本当にわからないのですが、このようにみんな一歩一歩何とかしながら生きているんだなと改めて思います。
参考になれば幸いです。