簡単に暮らせ

ちゃくまのブログ。女性ミニマリスト。合理的な家事、少ない服で暮らす、家計管理、お金、捨て作業のコツ。好きなことをして生きる暮らしの追及

「簡単に暮らせ」とは、どういうことなの?あらためてまとめてみました。



こんにちは ちゃくまです。このブログは暮らしに関することをつづっています。

・ミニマリスト的な暮らし方

・家事を簡単にする工夫

・お金に関する管理方法(筆者はFPです)

・世間に惑わされない生き方

・・など。お役に立てたらうれしいです。ツイッターも発信しています。

はじめに

今回はこのブログタイトル「簡単に暮らせ」とはどういうことなのかについて改めてまとめてみました。→書籍(簡単に暮らせ (だいわ文庫) もっと簡単に暮らせもよろしくお願いします)

暮らしはたいてい無駄に複雑化している

まず、タイトル通りに「簡単に暮らすこと」が目標です。これはどういうことかと言うと、私たちの暮らしはたいてい、無駄に複雑になっているからです。

例えば、出かけようとした時に着た服が合わないと分かりあれもないこうでもないと、着替えを繰り返すようなことです。

あらかじめ、出かける時に必要な服をシミュレーションして準備をしておけば、直前にあたふたしないで済みます。

疲れてしまって、夕飯の支度ができない時でも、あらかじめ簡単に夕飯を出せるシステムを作ってしまうと余計な出費を使ったり何を作ろうかと途方に暮れる必要もなくなります。

物の持ち方にしても、仕事にしても家事にしても遊びにしても趣味のこなし方についても、とにかく何から何までが結構ごちゃごちゃしがちです。

暮らしのごちゃごちゃ感は解決可能

このようなごちゃごちゃは、一見仕方がないことで避けられないことだと思うかもしれません。

でも実はそうじゃないんですよね。一度だけ対象に目を向けて、改善検討することで簡単にする事は必ずできます。

ところが普段は、「忙しい」を理由にして無駄の現状維持を選んでしまうんです。そうなるといつまでも複雑になってしまったから私が変わりません。

ところが、いちどだけ立ち止まって改善をするとその時だけは若干手間がかかりますが、それ以後はそれ以前よりも明らかに簡単に暮らせるようになるんです。

本質は何?

このように簡単にすることの秘訣にはどのような状況にもある1本のコツがあります。

それは、

「本質は何?」

と問うことです。

例えば子供の授業参観に来ていく服で迷ったとします。

この場合も問いかけは同じです。

「本質は何?」

そうすると、

  • 常識的であること
  • おしゃれである必要は無いこと
  • 子供の母親という黒子的立場であること

が前提となることが見えます。そのような視点で着ていく服良いので、おのずとどれを着て行くべきかが見えてきます。

ところがついつい、

「〇〇ちゃんのお母さんに会ったときにダサイと思われたらどうしよう」

とか、

「ママ友ができるかな」

とか、本質と関係ないことを考えてしまうから、決まらなくなってしまうんですね。実際、かつての私がそうでした。

解決方法は意外にシンプルだった

結構ごちゃごちゃ考えてしまって決まらないので、どうすれば良いかと試行錯誤した結果わかったことがありました。

それは本質さえ踏まえていれば解決法は意外と簡単でシンプルだということです。難しくしているのは、自分のものの見方だったんです。

その他家事等については、これまでのやり方以外の方法があることに気づかない点が原因になっていました。

自分に問いかけて意識する

家事は家庭という、閉鎖された空間で行われてるんですよね。だから要領の悪いやり方をやっていても誰も指摘する人がいないし自分でも気づきにくいんです。

だからこそ自分で「簡単に暮らせ」と問いかけることで、他人が自分を見るように客観視できるようになるというわけです。

他人目線で自分の行動を見たときに、果たして簡単なことをわざわざ難しくしていないのかどうか。

そのようなことを時々習慣にしてチェックするようにすると、積み重ねでだんだん暮らしが簡単になっていくというわけです。

暮らしを簡単に出来たらやること

そしてこれは最終段階なのですが、ある程度のところまで暮らしを簡単にすることができたとします。

そしたらその浮いた時間や手間で、自分が何をするかが見えようになります。これまでは家事やら何やらが忙しいとか、大変だとかで見えなかったことが見えるようになるわけです。

こうなったときに、自分のやりたかったことをやりたいことを実行する出番です。

ゆとりを求めていなかったことに気づくこともある

ここで気づくのは、忙しいとか自分ばっかり大変だとかの言い訳をしていながら、その実、「やらなくても言い訳」にしていたことにも気づくことがあります。

つまり本当は忙しくないとか、暇があるとか、ゆとりがあるということを、自分がその実、求めていなかったという本末転倒なことに気づくこともあります。

そして暮らしがある程度簡単にできるようになったときに、そんな自分が求めていたのは忙しくて無駄が多い暮らしだったと気づくこともあります。

文句を言うすべがなくなる

そうすると状況や家族や身の回りの人や環境置かれた環境にも、文句を言う術はなくなってきます。

何せ自分が求めていたことだと、判明しているからです。暮らしを簡単にしていくと、このように、ある意味残酷な現実に気がつくこともあります。

いずれにしても本当に自分が簡単な暮らしを求めていたのであれば、ゆとりができてそれを実現できるようになります。

一方で本当は自分が簡単な暮らしを求めていなかったと言うことがわかった場合は、一切周りのせいにしたりすることもなくなります。

つまりどちらにしても、暮らしを簡単にすることはプラスの効果があります。「簡単に暮らせ」という声かけは、自分に言い聞かせながら時々チェックするためにも効果的です。

皆さんもぜひ、定期チェックのためにもぜひ問いかけてみてください。