
はじめに
偶然、書店で目にして3回目くらいで購入した文庫本です。それはNHKラジオ深夜便をベースにしたもの。最近の風潮で何となく「絶望なんてしてはいけない。」と、無理をしていた自分に気付きました。
読めなくなっていたが、この本は読める
かつて、あれほど本を読んでいた自分が、最近全く読めていませんでした。本を読むには気力が必要だからです。でもこの本は、ゆっくりですが、す~っと頭に無理なく入ってきました。現在3分の2くらい読みました。読むタイミングは夜です。寝る2時間前くらいに15分くらいだけ読みます。
絶望に関する本なのに、不思議にそうはならない本です。でも、絶望について堂々と語られる内容です。
ミーハー的思考をする人になりたかった
この本で語られている内容は共感ばかりです。確かに病気をしてゆっくり歩くようになったから、木々のうつろいや小鳥の存在に気が付くことができました。道端の野草に目が行く楽しみも覚えました。そうした繊細な楽しみに気づけたのは良いことです。
でも、「そんなことには気づかなくていいから、普通にざっくりと『ディズニーランドにいつ行こう?』というように、ミーハー的思考をする人になりたかった。」と思います。多くの人が見過ごしてしまう、ささいなことに気付けること、なんていらないから、普通でいたかった。
孤独を感じるのはこんなとき
普通って?身体的にも精神的にも、苦悩している人は上には上がいます。とはいえ、下がいるのも事実です。普段は「もっと大変な人もいる」とかなんとか思い、「もう半分の水しかない」とは思わずに「まだ半分の水がある」と思うようにしている日々。けれどもときには「もう半分の水しかない。」という絶望をとことん自覚してみる。
見た目ではわからない苦悩ということはあるのだろうけれど、とりあえず道すがらすれ違う人は、みんな自分よりも苦心しないで歩いているように見えます。そういうときは、孤独を感じます。
家族がいて、何かあれば頼れる医療機関にかかわっていて、相談すれば相応の対応をしてくれるのでしょう。それでもみんなは苦も無く階段をスタスタと上り下りをして、信号が赤に変わりそうになると遠くから走ってくる。そういう光景を見ると、それができない孤独を感じます。・・そのような類の本音について、語られている本です。
「ポジティブでいなくてはいけない」ことはない
もしかしたら、過去記事と矛盾したことをここで書いている可能性があります。そんな時は、こう解釈してください。人の感情や気分というものは、揺れるものです。極端な場合は何かのきっかけで180度変わることがあります。けれどもまた元に戻ったり、また違うほうに向かっていくことはありますが、いったん発した発言が変化せず不変だということはありません。また、白黒、100%や0%という極端な比率ではなくて、その比が変化することもあります。
ポジティブでなければならない風潮が強い現代です。確かに目の前の人が鬱々としていたらやるせないでしょう。ただ、直接害を与えない範囲においては大目に見てほしいのです。例えばここに書いている文章のようなものです。(筆者はブログを書くことが仕事です。)
まとめ
さいごに
今回は、
とことん絶望してみる60代目前50代女性、ときには「もう半分の水しかない。」と自覚してみる
・・という話をしました。とことん絶望した気分にひたることで、「気が済む」ことがあります。朝になると「まだ半分の水がある。」に変わっていたりもするのです。
最後まで読んでくれてありがとう。
